問題点の第二は、このヒトES細胞の作製には、不妊治療のカップルが体外受精(体外受精の可否はここでは問わない)に用いた余剰の受精卵を使用することである。
不妊治療を成功させるためには複数の受精卵が必要である。しかし実際に使用されるのはその中の一個で、他は治療後に廃棄されるという。そこでどうせ廃棄されるのならば、治療カップルの了承を得て、余剰の受精卵を無償で譲りうけ、ES細胞研究に当てるというのである。
このため、使用する受精卵(ヒト胚)に対し次の五つの規制(「ヒト胚研究の指針」)が義務づけられることになっている。?不妊治療で余ったヒト胚に限定する。?無償で提供されたものに限る。?提供者に目的を十分に説明し同意を得る。?受精後十四日以内の凍結保存胚とする。?提供者の個人情報は厳重に保護する。
通常の場合、不妊治療で体外受精をうける夫婦は、かなりの肉体的苦痛と多額の費用がかかるといわれる。とくに女性の場合は排卵誘発剤の注射や針を使用した採卵など、肉体的負担が大きいという。
くわえて、受精卵を提供する側からすれば、自分たちの受精卵(胚)が破壊され、その胎児となる内部細胞塊から取り出された細胞が、さまざまな実験(キメラ動物など)に使われ、またベンチャー企業の特許化で利潤対象の商品となることなどに、大きな抵抗を覚えるはずである。
こうして、治療に使用しなかった余剰胚は「どうせ廃棄するのだから」との理由で研究に当てられる。人命がすでに宿り、卵割(分裂・増殖)を開始している受精卵(初期胚)を、どうせ廃棄処分されるのだから研究に使用してよいとの考えが、生命倫理委員会やヒト胚研究小委員会の人々に平然として受け止められていることは恐ろしい。すでに生命活動のプロセスにあるこの受精卵(初期胚)は、“廃棄”すべきものでなく、本来はそこに宿っている生命に許しを乞いつつ、わが国の伝統に従い丁重に土に帰し葬られるべきものである。
もし今日、体外受精でこの世に出生している人があるならば、自分の生命はES細胞と同じ価値であったのかと嘆き、人権問題にも発展しかねない。
なお、欧米の宗教者たちの、このES細胞研究にたいする反対意見は、バチカン教理省の「人間は、その存在の最初の瞬間から人間として尊重されるべきである」(「生命のはじまりに関する教書」・一九八七年)に代表される。なかでも本年(平成十二年)八月二十四日に、バチカンでは米国がヒトES細胞研究を本格的に解禁したことにたいし「人間の受精卵を、深刻かつ修復不能なほどに損傷するもので、その成長を中断させてしまう」とし、「重大な非人道的行為であり、従って、厳重に禁止されている」(教皇庁生命アカデミー文書)と、この研究と利用について激しく非難している。
さらに八月二十九日、教皇はローマで開かれた臓器移植学会の国際会議で演説を行い、この研究は「たとえその目的自体が良いことだとしても、倫理的に容認できるものではない」と強調した。
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