ヒトES細胞研究の第三の問題点は、人の受精卵(初期胚)が使用されることにたいし、まだ社会的な合意が得られていないことにある。
このヒトES細胞研究が、いかに医学的に将来有望視されているとはいえ、人の生命の始まりである受精卵(初期胚)が破壊され、“モノ”として他目的に使用されることが許されるかどうかは、大きな問題である。
わが国の科学技術庁は、この問題について一般国民を対象に意識調査を実施したが、その結果約三〇パーセントの人が「受精の瞬間から人として絶対に侵してはならない存在」と回答し、「分からない」として回答を保留した人を含めると過半数が認めていない。
こうした状況を踏まえ「朝日新聞」の社説では「どこから生命として扱われるべきかをあいまいにしたまま、有用とみられる研究なら認めるとしていいのか。その点については、医学界にとどまらず、宗教界などから幅広く意見を聞く必要がある」(本年二月十九日付)と記しているが、当局はこの件に関し宗教界に一度も正式に見解を求めていない。また、生命倫理委員会やヒト胚研究小委員会には宗教学者がただ一人参加するのみで、宗教者は一人も委員に選ばれていない。人の生死に関わる問題は、宗教の基本命題であって、宗教界からの意見を除いて真の国民的合意が成り立つとはいい難い。
問題点の第四は、ヒトES細胞を研究していくうえで未知の危険性があるとされていることである。
ヒトES細胞には「不死性」があるため、細胞が“がん化”して人体を破壊したり、また先にのべたように、ヒトES細胞が他の動物の初期胚に注入されると、キメラ動物ができ、人と動物の入り混じった新しい生物が誕生したりする危険性がある。
さらに次のことも可能である。人間の体細胞から核を取り出し、核を抜いた未受精卵にこれを移植し電気刺激をくわえると、遺伝子は全能性を発揮し分化をすすめ、クローン胚ができる。このクローン胚を受精卵に行った同じ方法で胚盤胞にまで育て、ES細胞を作り出すと、自分と同じ遺伝子をもち移植に最適な拒絶反応のない人体組織を育てることができる。一見すると、非常に好ましいことに思えるが、この場合も、人の生命を宿す「胚」を破壊してES細胞を作り出すので、実質的には受精卵(初期胚)からヒトES細胞を作り出すのと何ら変わるところがなく、この方法もまた“生命の破壊”であり容認し難いと判断される。
またさらに深刻なことは、このクローン胚は女性の子宮に移して育てると、クローン人間ができる危険性がある。そのため、わが国のヒト胚研究小委員会は当面クローン胚研究を規制するとしているが、最近欧米各国はクローン胚研究を容認する方向にあるので、いつまでこれを規制していられるか予測し難い。
またマウスのES細胞は、遺伝子を改変する研究に使用されているので、先にのべたようにヒトES細胞もマウス同様に遺伝子改変の研究に用いられる可能性が大きい。
こうしたさまざまな未知の危険性があるため、国はヒトES細胞の作製と研究を次のように規制するとしている。(1)必要以上のヒト胚の提供は受けない。(2)研究機関は審査委員会を設置する。(3)審査委員会と国の専門委員会で承認を受ける。(4)作製・研究完了後、報告書を国に提出する。
しかし実際には、このES細胞研究が実施される上で将来どのような事態が展開してゆくのか、現状では見通しがつかないのみでなく、大きな危険性が散見されるのである。
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