おほもと Oomoto

ヒトES細胞研究は容認できるか

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生命操作はどこまで許されるか

大本は、今日の生命科学がもたらす成果のすべてに反対しているのではない。宗教の立場からすれば、“生命操作”という用語が、すでに自然の摂理をねじ曲げる不遜な響きをもつとみるが、それでもその操作が人間の霊・体両面の平和と安定を保全し、同時に生態系や自然環境を破壊しない範囲のものであれば、容認できるとみている。

現在および未来にわたって生命操作がどこまで許され、どこからが許されないかの線引きはきわめて難しい。大本としては今日の科学・技術は過渡期にあるとみて、現状では理想のみを求めることは無理であり、一定範囲の操作は認めねばならないとみている。

この操作“範囲”について結論からのべるならば、「人の生・死の根幹に関わらない範囲」また「現在および未来において人間改造、生態系変化、環境破壊をもたらす恐れのない範囲」の操作(これらを霊的にいうならば「人の霊性の破壊や毀損をもたらし、その進化をさまたげる恐れのない範囲」の操作)ならば、その実施はやむを得ないとみている。

したがって、この許容範囲からすれば、生殖細胞に遺伝子操作を加えて“人間改良”を計ったり、人間の“死”を前提とする脳死臓器移植を実施したり、人間の“生命の誕生”を破壊するES細胞研究などの生命操作は認めることができない。しかし、難病の治療やその製薬に、遺伝子組み換え以外に方法がないといったきわめて特異なケースで、しかも他に影響を及ぼさない操作ならば、これを否認する理由はみあたらない。

遺伝子組み換え操作の中には、遺伝子組み換え作物などにその危険性が指摘されるように、この操作によって永い歳月のうちに自らが自然環境に適応せず破滅したり、他を毀損したりする恐れのあるものがあるといわれるだけに、これは慎重に実施されねばならない。

実際に、これらの遺伝子組み換えが無害であるとの実証には、永い歳月を要するものがあり、許容の線引きをすることは容易でない。とくに、今日の多岐にわたるさまざまな遺伝子組み換えの一つひとつに、この線引きをすることは至難といわれるだけに、自然の仕組みを改変するこれらの操作は、慎重の上にも慎重であらねばならない。将来に禍根を残さないために国として、“生命操作許容の規準(大枠)”が早急に作成されねばならないと思われる。

先にみたヒトES細胞(胚性幹細胞)による分化、増殖は別として、大本として容認できると思われる医療に、患者自身の“体細胞”から本人の細胞や組織、臓器をつくり出す「再生医学」がある。

現在の再生医学の全貌は、把握しにくい状況にあるといわれる(ヒトES細胞研究も再生医学の一分野といわれる)が、そこには幾つかのシステムがある。

その一つは“体細胞”の増殖によるもので、これは分化を終了した成熟細胞を増殖させて、人体組織の再構築をめざす医療である。

その二は、“幹細胞”(後述)の分化・増殖によるもので、高い増殖性と多分化能(多くの異なる種類の細胞に分化できる能力)をもつ幹細胞を分化させ増殖して、細胞、組織、臓器を再生させる方法である。この第一、第二の再生修復のシステムは、患者本人の体細胞からの増殖であって、それによってつくられた組織や臓器をその患者に移植しても拒絶反応はおこらない。アメリカではこれらの方法で、切断された指先、軟骨、尿細管などの再生を成功させている。

大本の立場からすれば、この第一、第二の方法は、ともに容認できると思われるので、受精卵(胚)を対象とする方法でなく、この体細胞による再生医療が早急に開発されることを望んでいる。

この第一、第二の医療技術は、皮肉なことに移植医療の未来に限界を感じた移植医の中から生まれたといわれる。彼ら再生医学の研究者のなかには、移植医療に未来はなく、せいぜい二十一世紀前半にかけての過渡期の医療とみて、「あと百年もたったら、あんな野蛮な医療はなくなります。二十世紀には、こんなことが行なわれていたんだって、と驚きをもって語られるようになるでしょう」(『人体再生』立花隆著・中央公論社刊)という人があるという。


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目 次
第一章 岐路に立つ人類
はじめに
人類文明の岐路
第二章 人命のモノ化が許されるか
ES細胞とは
ES細胞研究の利点と問題点
“人の生命”の商品化
モノ化される受精卵
未知の危険性
第三章 教えにみる“生命の始め”
教えにみる「生命の始期」
初期胚は人格的存在
第四章 生命の本体は何か
生命の本体は何か
永遠不滅の“生命”
受精卵に宿る霊魂
霊魂進化の阻害
第五章 生命操作はどこまで許されるか
生命操作はどこまで許されるか
“拒絶反応”のない再生医学
第六章 生命の基本倫理究明が先決
人は神の領域を侵したのか
おわりに・参考文献

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