「脳死・臓器移植」反対し続けています
- 平成9年10月16日、国民的合意のないまま「臓器移植法」が施行されました。生前に臓器提供の意思を表示していた人の「脳死」が判定で確認されると「移植手術」が行われています。
- しかし、本当に本人が意思表示をしていたのかどうか疑問が残ったり、脳死判定の時期や方法が問題だったり、「家族の同意」を必要とするのに、家族内の意見が分かれていたり、レシピエントの順番に不公平が指摘されたり、さまざまな疑義が残されています。
- さらに“「脳死」と判定された状態は、生体同様の反応ができなくなっているだけで、脳の部分的な死とみるべきだ”という指摘も、医学界には根強くあります。
- 従来から、わたくしたちは「脳死」は本当の死ではないと、主張しています。「肉体から霊魂が離脱したときをもって死とする」「霊魂が肉体から離脱するのは、完全に心臓が停止した時」との教えに基づいてのことです。
- 今後も、わたしたちは「脳死・臓器移植」に反対し、広く世に訴え続けます。
「自然に反するモノは、行き詰まる」
- 「命のリレー」「愛の行為」「医学の進歩」といわれる「脳死・臓器移植」に、私たちは反対しています。それは「自然に反する」「理にかなわない」からです。これは「地球環境問題」も同じです。科学技術の進歩、発達は人類の繁栄と幸福をもたらすはずでしたが、人間のエゴの積み重ねが、地球温暖化、オゾン層破壊、酸性雨、海洋汚染などを生み出し、人類の「破局」を予感させる事態にさえなっています。
- 医療技術の進展が生み出した「脳死・臓器移植」も、さきほどの美しいもっともらしい言葉のかげで、「自然」「理」が無視され、結果として人間の生命、人権、尊厳が軽んじられる、という重大な過ちを犯しています。
- この「自然」「理」とは、私たち人類が太古から極めて長い時間をかけて、多くのものを生かし助けるスベ、方法、道という観点から学び悟ったもの、授かったモノサシであり、わたくしたちが唱えている宗教的、信仰的な理念でもあるのです。
- そのモノサシからすると、「脳死・臓器移植」は、ごく限られた時間に、限られた人たち(多くは移植学会に属する医師、医薬品業界)によって一方的に進められてきたものです。ですから、私たちは「自然に反し、理にかなわないものは、結局、行き詰まる」と訴えているのです。たとえば次のことなどを見ただけでも、「脳死・臓器移植」がいかに“不自然”であるかがわかります。
- 他人の臓器に対して、拒絶反応がある(これこそ自然からの拒否反応、不自然、非自然の意思表示です)
- 免疫抑制剤を、生涯、服用しなければならない(これも不自然です。QOL=質の高い自然な生活が、取り戻せません)
- 家族や親族の感情を混乱させ、さらには社会秩序をも混乱させる
- 諸外国では誘拐や人身・臓器売買につながっている(人体の医療資源化)
- これらを総合的に考えてみれば「脳死・臓器移植」が、人類社会にとっていかにおぞましいものであるか、真の姿が、見えてくると思います。(やさしく理解できる書籍が、たくさん出版されています)
これまで何をしてきたのか
- 平成3年12月3日、国の脳死臨調が審議を続ける中「脳死は人の死ではない」とする見解を、内外に発表しました。
- 平成10年3月、ノンドナーカードを作成し、配布活動を始めました。同時に、脳死は人の死ではないことを訴える講演会を全国各地で開催しました。
- 平成12年11月16日には、それまで全国で展開していた脳死・臓器移植反対の署名をまとめ、津島雄二厚生大臣(当時)に871,571名分を提出しました。
これからどうしていくのか
- 15歳未満の脳死・臓器移植のための法改正には、「絶対反対」の立場から異議を唱え、これまでの活動を継続していきます。(平成15年1月30日現在)
- 遺伝子操作、ヒト胚性幹細胞、クローンなどの生命操作技術にも同じ立場から異議を唱え、実状に応じて、具体的な活動を展開していきます。
人類愛善会では、初代総裁出口王仁三郎(1891〜1948)の説いた教えにもとづき、早くから「脳死は人の死ではない」と表明してきました。その主張は「人間は元来、霊魂と肉体からなる有機的統一体(霊肉一如)であり、その主体性は霊魂に存在し、肉体は霊魂の容器(霊主体従)であり、死は心臓の鼓動が全く停止し、霊魂が肉体から完全離脱したときをいうのであって、心拍のある脳死状態は、個体死ではない」としているからです。したがって「脳死状態の生体」から心臓その他の臓器を摘出し、死に至らしむるは、殺人行為の合法化と言わざる得ず、絶対に容認することはできません。
脳死患者は生きている
- 心臓が鼓動し、体温があり、汗をかき、出産の事例さえある脳死状態は「人の死」とは言えません。「脳死」からの臓器提供は命を粗末にすることです。また、臓器摘出時に麻酔を使ったのは「提供者が痛みを感じたからではないか」とも言われています。
完璧ではない「脳死判定」
- 脳死判定は、患者から人工呼吸器をはずす(無呼吸テスト)などたいへん危険な検査を伴います。脳波測定法なども医師によって意見が分かれています。臓器摘出の前提となる脳死判定そのものが難しく基準もあいまいなのです。
「移植でしか助からない…」は間違いです!
- 臓器移植は完璧な医療であるかのように報じられ、「移植手術をすれば必ず助かる…」と思っている人が多いようです。本当は「移植すれば助かるかもしれない」が正しいのです。
「臓器不足」は解消しません
- 「臓器が足らず、多くの人が亡くなっている…」とよく聞きます。「脳死」になる絶対数が少ないからです。
救急救命医療も年々進歩していることを考えれば、今後「脳死」になる人の数は更に減るでしょう。ということは、いくらドナーカードを持つ人が増えても、臓器不足はいっこうに解決しないのです。
あってはならない「二つの死」
- 「臓器移植法」では、同じ症状の患者でも、提供意思の有無によって、「生者」と「死者」に分けられてしまいます。この「二つの死」は、倫理観、社会秩序に混乱をきたし、人類の歴史に禍根を残すこととなります。
最新の救命治療設備を完全配備すべきです!
- 脳死状態に近い患者が脳低温療法という救命治療によって治癒し、社会復帰する事例もあります。国は、臓器摘出指定病院のすペてに、脳低温療法を含む最新の救命治療設備を整えるべきです。
情報の公開を求めます!
- これまで行われた脳死による臓器摘出においは、いずれの場合も当該患者の救命治療、脳死判定の時期・方法など、不明瞭な点が多くあったと指摘されています。密室医療にならないよう、患者さんのプライバシーは守りつつ、情報は適宜公開すペきです。
移植以外の治療法の開発を促進すべきです!
- 私たちは、人の死の上にしか成り立たない脳死による臓器移植に代わる治療法として、人工臓器をはじめ、臓器移植を不要とする治療法の開発促進を強く求めます。
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