おほもと Oomoto

脳死臓器移植って何?

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前ページでは、「ドナーカード」について勉強しました。ここでは、救急医療の現場での「脳死」判定を受けた患者さんへの対処について勉強してみたいと思います。

割り切れない現実

仮の話をします。
二人の二十歳の男性AさんとBさんが、仕事のため車で移動中、交通事故にあったとします。二人は救急車で救急医療の病院に運び込まれました。二人とも、頭部を強く打ち意識もない重傷です。数時間後、集中治療室で二人ともほとんど同時に「脳死」と判定されました。
この時、Bさんはポケットの中にドナーカードを持っていて、裏の記述から、「脳死の判定に従い、脳死後、移植のために心臓を提供する」、という意思が確認され、本人の署名もありました。
Bさんは、この後家族の同意が得られれば、治療は打ち切られ、臓器を保存するための処置に切り替えられ、臓器をとられてしまうわけです。
一方、Aさんは、ドナーカードは持っていませんでした。臓器提供の意思が確認できませんから、そのまま延命の治療が続けられることになります。
さてこの時、二人は同じ状態ですが、「臓器移植を前提とした脳死は人の死である」という臓器移植法によりAさんは生きている人で、Bさんは死体となるわけです。
想像しにくいかもしれませんが、皆さんの目の前のベッドに、AさんとBさんが横たわっていると思って下さい。
一人はケガ人、一人は死体。
そう簡単に割り切れると思いますか?
これは、医療現場のお医者さんも同じことではないでしょうか。

その時家族は

あるアンケートでは、「脳死後、臓器を提供する意思があるか」という質問に、自分自身は「はい」と答えた人でも、「自分の配偶者や子ども」が脳死と判定された場合、臓器提供には、「いいえ」と答える人が多いとありました。
このAさんとBさんの家族も同様ではないでしょうか。
脳死状態になって亡くなる人は、死亡する人全体のわずか1%です。脳死は思いがけない事故から起こることが多いのです。
AさんとBさんはすでに意識がないのですから、わかりませんが、その家族にはまさに突然の思いがけない事態なのです。しかも年齢が若ければそれだけ悲しみも大きいのです。家族の心情として、出来るだけ生かせたい、というのが普通の願いだと思われます。

その時医師は

新聞記事(産経・1997年11月3日)に興味深いアンケートがありました。
日本脳神経外科学会評議員対象のもので、1162人の医師が回答(回答率26.9%)していました。その中で、「脳死と判定された患者への対応は」という問いに対しては、74%が「消極的治療を行なう」、17%が「治療を停止する」と答えています。「積極的治療を続ける」と答えたのはわずか1%でした。
この結果をみてもわかるように、病院によっては、適切な治療をしてもらえず、臓器保存のための処置に切り替えられ、家族も心臓停止まで心おきなくみとるということがしにくい雰囲気になってしまうかもしれないのです。
もちろんすべての病院や医師がそうだというのでなく、臓器移植法は、あくまでも認められないというお医者さんも多いこともつけ加えておきます。
脳死と臓器移植。この問題を考えるとき、自分のことと同時に家族のことを思い、そして何よりも、神さまからいただいた魂と肉体のことを思わなければなりません。

次は、「同じ命」というテーマです。

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