臓器(心臓)移植がどのようにして始まったのか、その歴史と背景について勉強します。
心臓移植第一号
皆さん、脳死からの心臓移植が、世界で最初に行なわれたのは、いつ頃だと思いますか?
「外国ではもう頻繁に行なわれているのだから、だいぶ前だろうね」
「でも、百年も昔じゃないだろうし、五十年くらい前かな?」
というような答えが返ってくるかもしれませんね。
でも、それはもっと最近のことなのです。実は、一九六七年(昭和四十二年)十二月、今から三十一年前のことなのです。
場所は南アフリカのケープタウンでした。その移植手術を行なったのは、クリスチャン・バーナードという医師で、心臓をもらった人(レシピエント)は白人の男性、心臓をあげた人(ドナー)は、黒人女性でした。
この心臓移植のあと、移植関係者からこんな発言があったという記録が残っています。
「この移植には、人にいちばん近い形をしたものを使った」と。
驚きを越えて、怒りさえ感じるこの発言。あきらかにこの移植には、人種差別がその背景に見え隠れしていると思われます。
そしてこの世界初の心臓移植を契機に、「脳死」が死の基準として作り出されたとも言われています。つまり、「脳死」という言葉は、生まれてわずか三十年あまりしかたっていない、ということです。
人が長い長い歴史の中で、くり返し遭遇してきた「生と死」。その死の概念を、わずか三十年の間に「脳死」という言葉で置き換えようとしているわけです。
神さまの目から見たとき、これは明らかに浅はかな考えだと言わざるをえません。
ちなみに、世界最初のレシピエントになった白人の男性は、十八日後に死亡。そしてその後三年間は、心臓移植の九十パーセントが失敗しています。
日本の心臓移植
それでは、日本の心臓移植についてはどうでしょう。
「たしか、日本では昨年十月に臓器移植法が施行されてから、まだ一例もないよね」
「そうそう、外国ではよくあるけど、日本ではまだ心臓移植は実施されてないんじゃないですか」
と思っている人も多いんじゃないでしょうか。
本当にそうでしょうか。答えは×です。
実は、世界初の心臓移植が行なわれた翌年、つまり一九六八年(昭和四十三年)八月には、日本初の心臓移植が行なわれていたのです。これは、世界では三十例目のことでした。
北海道・札幌医科大学の和田壽郎教授がこの移植手術を行ない、当初は新たな医療として華々しく報道されましたが、日本での心臓移植は、あとにも先にもこの一例しかありません。
なぜそうなってしまったのでしょうか。
移植を受けたのは当時十八歳の青年でしたが、手術後八十三日目に死亡しました。その後、ドナー側の死亡の判定、移植の適応をめぐり様々な疑問が続出し、和田教授は同年十二月、「殺人罪」で告発されたのです。
つまりこの“和田心臓移植”が、日本国民に移植医療の不信感を強く印象づける事件となったのです。
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