ドナーの死後
では、脳死臓器移植をしたドナーたちは死後、どのような形態をもち、どのような想念をもちつつ生活するのであろうか。
この答えはきわめて重要と思われるので、霊界に幾度となく出入した出口聖師の言葉(如是我聞)を根拠に考えたい。聖師の問答に次のものがある。
「信徒の問い―病人の中には医学に貢献するとて死後解剖をしてくれと遺言するものがありますがそんな人は霊界に於いてどうなるので御座いませうか。
聖師の答え―解剖をすると霊界でもやはり鬼に同様の事をされるものであります。自分即ち心が承知したのであるから、霊界でも解剖されるは当然の理であります」(冊子『宣伝使に対する聖師の教示並びに問答』昭和二年八月三十日発行)
「信徒―死後、眼の不自由な人のために角膜を提供をした場合、その人は霊界でどうなるでしょうか。
聖師―霊界では目が見えなくなる」(桜井八洲男元大本本部長聴取)
この教示は、移植医療の普及を願う社会にあっては物議をかもす内容かもしれない。しかし、霊魂の存在を無視しつづける現代にあっては、きわめて重要な意味をもつと思われるので、たとえ社会全体に痛みをもたらす内容であっても、真理は謙虚に受容すべきものと判断し、あえてここに記載した。
繰り返すように、霊界は無限に広大な“想念の世界”で、そこではすべてのものがそのもつ想念の質相応に具象的形態をとるため、霊界では人や霊魂の意志想念は決定的な意味をもち結果をもたらす。この法則は霊界全域を支配するので、生前に“献体”を決意しこれを実施した人は、その意志想念に応じ霊界でも幽体はバラバラにされるというのである。
このことを前提に考えるならば、生前に意思表示カードに肯定的に記入し実際に臓器提供をした人は、霊界において臓器が存在しない霊姿となり、その想念は永く後遺症的に霊魂を支配すると思われる。
つまり、神から賦与された肉体を私有物とみなし臓器を提供した人は、たとえ医学発達のため他者の幸福のためとはいえ、神意と神恩を無視した誤れる善意からの行為であって、霊界ではその誤れる意思は具象化し、相応の霊姿をとると思われる。
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