死にいたらない移植
この教団声明にいう「提供者の死」とは、移植が必然的に提供者に死をもたらす場合のことで、手術の不成功あるいはその他の危険性で想定される死を意味してはいない。
このように今日の大本における移植の是非は、上記の“人の死に関わらない範囲の移植”か否かを基準としている。
しかし、容認できるとするこの“人の死に関わらない範囲の移植”にもさまざまなケースがあって、一様に肯定的にのみみることはできない。この“人の死に関わらない”とする現行の主な移植を教えに照らしてみると、否定的要素を強くもつ移植と肯定的要素を濃厚にもつ移植とに分けることができ、これに準拠して移植を次の四つのパターンに分けてみた。
つまり移植には、神から @絶対に許されないもの、 A許されないことを(神からの懲戒があることを)承知で行うもの、 Bやむを得ないとして許されるであろうもの、 C許されるもの、の四つがあるとした。
これを具体的にいうならば、 @「絶対に許されないもの」には、先にのべたドナーの死に関わる移植、つまり脳死の状態にある人からの臓器移植がある。
次の“人の死に関わらない範囲の移植”には右の A、 B、 Cが該当する。すなわち Aの神から「許されないことを承知で行うもの」という「許されない」とは、神が積極的に懲罰を行うとの意味でなく、宇宙則に反する自業自得的な応報の意味であるが、この Aには肉親からの生体移植、骨髄移植、心臓死者からの臓器移植、(角膜移植も含む)、なお手術や解体のなかでは献体、美容整形手術(以上はともに提供者、被実施者の意思にもとづく)などが該当すると思われる。 Bの神から「やむを得ないとして許されるであろうもの」には移植ではないが輸血、献血、人工臓器埋め込み、整形外科手術(必要不可欠な場合)などがあり、 Cの「許されるもの」には、移植ではないが死後の解剖(本人の意思に関わらない行政的、司法的なもの)などがあげられよう。
注4 「神霊界」誌 教団機関誌。大正六年一月から大正一〇年八月まで発行。
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