明治25年(1892)、出口なお開祖に大地の主宰神、艮(うしとら)の金神=国祖・国常立尊(くにとこたちのみこと)が帰神して「三千世界の立替え立直し」を宣言、開祖が昇天する大正7年(1918)までに世界への預言・警告の筆先(半紙20枚綴り1万巻)を記した。
明治31年(1898)出口王仁三郎教祖は、神霊の導きにより、郷里の高熊山(京都府亀岡市)で1週間の霊的修業をし、現界・幽界・神界、三界の過去・現在・未来を洞察する神力を受け、救世の使命を悟った。同32年(1899)王仁三郎は、神命を受け、大本に入り、開祖の五女出口すみこと結婚し、開祖とともに大本の基礎を築く。
大正6年(1917)から開祖の筆先を『大本神諭』(全7巻)として発表。同10年(1921)から、王仁三郎の高熊山修業の際、見聞した内容を口述した救世の書『霊界物語』(全81巻83冊)を刊行。同8年(1919)亀岡城址を入手し、“霊国”の移写・神教宣布の中心(天恩郷)とし、発祥の地・綾部を“天国”の移写・祭祀の中心地(梅松苑)として二大聖地を築く。
王仁三郎が大本入りしてからは、大本の教勢は飛躍的に伸び、国家当局はその影響力を見のがすことができず、大正10年(1921)には第一次弾圧を、ことに昭和10年(1935)には「大本をこの世から抹殺する」として第二次弾圧を受ける。
昭和20年(1945)無罪判決により第二次大本事件は全面解決し、翌21年(1946)に愛善苑として再発足する。同27年(1952)、出口直日(王仁三郎、すみこの長女)が三代教主を継ぎ、教団名を大本に復活、出口日出麿三代教主補とともに、人心の改造と世界恒久平和実現につとめる。
平成2年(1990)出口聖子(直日、日出麿の三女)が四代教主を継承。平成4年(1992)開教百年を迎え、綾部・梅松苑には、天地の親神をまつる神殿「長生殿」が完成。
平成13年(2001)4月29日、出口聖子四代教主の昇天により、出口 紅(聖子の養女、直日・日出麿の孫)が五代教主を継承。21世紀をむかえるとともに、大本百年の基礎を経て大本神業(しんぎょう)は新たな段階を迎えている。
以上は、大本百年のあらまし。大本は天啓教(天からの啓示をうけて発祥した宗教)であると同時に、経綸教(けいりんきょう)でもある。教祖(出口なお、出口王仁三郎)時代以来、大本には神霊が永遠に降下して、人の世の経綸(しぐみ、プログラム)を行うと示されている。したがって大本で起こった出来事が、鏡に映したように、日本に世界に同じように起こった事柄が少なくない。つまり大本の歴史は、時代に応じた神の経綸が、日本・世界に投影した歴史でもある。
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