リオ・デ・ジャネイロから2月22日夜(ブラジル時間)に帰ってきました。
結論から言いますと、まったく想像していなかったびっくりするようなできごとがおこりました。
まず(これはすべてパイバーネット会長の計らいで)2月21日と22日の私のリオへの来訪を機に、LBV放送(テレビ・ラジオ)では「大本特集」を編成、ブラジル全土に2日間ぶっ続けで大本のことが放送されました。
放送内容は、21日に行われたLBVラジオ・スタジオでの1時間の私のインタビューと、22日に行われたパイバーネット会長と私の1時間の会談を中心として、大本の歴史・教義などがアナウンサーによって紹介されました。こんなことは大本の歴史の中でもおそらくはじめてのことではないでしょうか。ブラジリアへ帰って来ると、放送を聴いたという人々の電話がサルバドールやサンパウロからかかってきて、対応にたいへんというありさまでした。
とくに22日は、LBVにとっては1年の計画を決める大変重要な日で、全国からすべての最高幹部の人々が集まり、一日中議論をすることになっていました。私がLBVの建物に入ると同時に会議を中断し、会議場がテレビ・ラジオの中継場所になりました。私は、前日から元UEA(世界エスペラント協会)のCxfdelegito(注、主席デレギート。各国に1人いるUEAの代表代議員)ジョージ・ダス・ネベスさんと行動をともにしていました。ジョージさんは私の通訳をやってくれました。ジョージさんは、すでに80歳を越えていますが、詩人・弁護士・ジャーナリストとしてブラジルのエスペラント界でも知らない人はおりません。
驚いたのは、私が会議室に足を踏み入れるやいなや「君が代」が流れ、幹部の方々から大きな拍手が起こり、早口のアナウンサーのナレーションがはじまりました。そんな中、パイバーネット会長みずからが私を出むかえてくださいました。
会談は立って行われました。パイバーネット会長と私の前に2本のマイクがあり、真ん中に通訳のジョージさんがはさまれるかたちで行われました。
会談は、日本の食べ物や文化などの話からはじまりました。そして、30分後くらいから、私が教主さまから預かってきた会長への贈り物(教主さまのお茶碗)をお渡ししました。会長は、その場で箱を開き、お茶碗を手にとってしばらく眺めておられ、「よい香りがする」とおっしゃいました。そして、「教主さまの神格の光と香りが感じられます」とおっしゃり、「これは、とてももったいなくて私一人が使うことはできません。ブラジリアの神殿のしかるべきところを選んで教主さまのお写真とともに展示させていただきます。このことを教主さまにお伝えし、お許しをいただいてください」とおっしゃいました。
そして幹部の皆さんに「今日は大本の先祖の神々さまとブラジルの祖先の精霊がたくさん見えています。このことは数千年いや数万年前からの因縁による神さまの計らいです」と話され、会議室は異常な興奮につつまれました。このとき、「今からは、大本とLBVはお友達ではありません。兄弟です」と会長がおっしゃり大きな拍手が起こりました。この一部始終が南はポルト・アレグレから北はアマゾンまでブラジル全土に中継されました。
この日、「大本」と「出口紅」の名は、何百回と流れました。
本部教学研鑽所から用意した着物もすぐに着てくださり、最後まで着たままでいてくださいました。となりに会長夫人も付き添っておられましたが、やはり女物の着物を贈らせていただくと、すぐに着てくださいました。
ちなみにLBV放送は、テレビ局はブラジル国家が資金を出し、創設されたもので、ラジオ放送もテレビ放送も宗教・教育・文化の分野を中心としたブラジルではGLOBと並ぶ最も大きいネットワークの一つです。ただ、GLOBの方は、娯楽専門の放送が主体です。
パイバーネット会長は、国連に事務所をもつ世界で最も大きいNGO団体LBVの会長であり、ブラジルで最も大きい放送局の会長でもあるのです。また、クラシック音楽の作曲家、ビスとセラー作家、そしてその利益のほとんどを孤児・貧民層の子供の教育に使い、ご自身は質素で清らかな生活をおくっておられます。またブラジル国民の半分が尊敬するカリスマです。
パウロは、あと1ヶ月間は、LBVラジオで「大本」のことがことあるごとに放送されますよ、と言っていました。





