5月16日午前10時、大本本部職員に見送られて大本会館ピロティー前を出発。午後2時20分、伊丹空港を出発、成田発19時35分のJAL048便でサンパウロへ。途中、ニューヨークでトランジット。
17日午前8時10分、サンパウロ・グアルーニョ国際空港到着。藤本和治特派の出迎えを受け、南米本部の車で一路、伯光苑へ。
南米本部と藤井参事に教主からお預かりしたお茶碗をお渡しする。7月のブラジルエスペラント大会分科会、翻訳のことなどを打ち合わせする。
18日 川越参事の車でコンゴーニャス空港へ。TAM航空3706便でブラジリアに向かう。14時、ブラジリアのジュセリーノ・クビシェク空港に到着。ソーニャとホベルトが出迎えてくれる。到着後、すぐパウロ・セーザ氏から電話があり、明日、午後6時からのピラミッド神殿の月例ミサで講演して欲しいというパウロ・メデウス会長の要望が伝えられた。
19日午後2時、ソーニャ、ホベルトとともにOIを出発。途中、銀行などに寄って、午後5時ころピラミッド神殿に到着。パウロ・セーザ氏に出迎えられてピラミッド神殿内の喫茶室で打ち合わせ。午後6時、200人ほどの参拝者に迎えられて、神殿内の来賓席に着席。司会者から愛善歌を歌って欲しいという要望があったが、日本で風邪を引き喉の調子が悪いためお断りする。ミサの終了後、パウロ・セーザ氏の通訳で、約30分の講演を行う。吃驚したのは、話の途中で何度もスタンディング・オベーションがあり、そのつど、講演がストップして話の筋道が何度も見えなくなってしまった。私の話は、一部の地域でラジオ放送されていたが、これを聴いていたパイバネット会長が、すぐにラジオ局に指令を飛ばし、終了後もう一度、全国ネットで放送された。(写真)
21日午後、ピラミッド神殿のパウロ・メデウス会長から招待され、ソーニャ、ホベルトとともに同神殿に。会長の出迎えを受け、今度、教主のお作品(お茶碗)を展示する場所に案内していただく。会長室で1時間ほど歓談のあと、教主からお預かりした贈り物の舞扇をお渡しする。たいへん喜んでいただく。(写真)
22日 パウロ・セーザ氏、ジョゼ・フランシスコ博士、カタリーナさんの招待で夕食を日本レストランで。今後のAOIの事業方針について相談する。
24日午前中、ゴアラの鮮魚店「上田」へ。午後、近くの造園店で池周りの垣根にするアザレア14本と、ベランダの垣根にする樹木の苗15本を購入。ペット屋さんで池の鯉4匹を購入。
午後、LBVの依頼で、「おほもと」4月号のLBVに関する記事のエスペラント訳が欲しいとのことで、翻訳して送付。
25日午前中、政府の役人(女性)が視察に来苑。かねてから「大本インテルナツィーア」は宗教組織であることを強調。これは、市税を免除してもらうためで、その確認に。よい感触だった。
26日 前田は、南米本部の祝詞の翻訳にかかる。午後、パウロ・セーザ氏からメール。パイバネット会長の秘書から前田への言伝で、19日にピラミッド神殿で行われた前田の講演について大変褒めておられたと。それを聞いて、秘書があらためて大本とLBVの関係の大切さを思った、と。
27日午前中、ソーニャ、ホベルトとともにタグアチンガのマテンカーフォに。今日は、前田の講演日。「歌祭りと朗詠用短歌のつくり方」というテーマで話す。参加者に、実際に短歌を作ってもらい、4首ばかり「綾部のエスぺラント歌祭り」の献詠歌が集まる。(写真)
タグアチンガのマテンカーフォの後、画家エルザさん宅へ。機関誌「大本インテルナツィーア」第3号表紙絵に関して相談。
午後6時、ジョゼ・フランシスコ博士の招待で、中国料理店へ。
28日午前中、前田は、エスペラント短歌の添削、南米本部の祝詞翻訳。午後、額縁屋さんに額注文に。
29日午後、肩こりがひどいのでジョゼ・フランシスコ博士の診療室へ。その後、博士と一緒にラグ・スルのレストランで夕食。
夜、パイバネット会長の秘書から連絡が入り、会長が現在執筆中の記事の中で、平和についての大本教主のお考えの書かれた記事があったら、その中のフレーズを紹介させていただきたいので、すぐに送ってほしいとのこと。「おほもと」誌のごあいさつの中から選ばしていただき、翻訳してメールにて急ぎ送付。
藤本特派より電話、リオ・デ・ジャネイロのエスペラント大会について相談。
30日午後、ピラミッド神殿訪問。その後、ショッピング・センターに寄り、庭の池の濾過装置を作るための材料を購入。
31日 庭の池の濾過装置を作るなど、今日は終日庭園作業。ジャンジーラの藤本特派から電話、シルバ先生の日本行が可能になった場合のビザの取得などについて相談。



