おほもと Oomoto

大本インテルナツィーアだより

ブラジリアからの前田茂樹所長報告

  1. グローバル
  2. > 日本語ホームページ
  3. > ニュース
  4. > 大本インテルナツィーアだより

ブラジリア「歌祭り」の会場などを視察

9月6日 14時20分JL3006便で伊丹空港を出発。成田発のサンパウロ行きの飛行機が台風で飛ぶか飛ばないか分らないまま成田に到着。成田では6時以降の便についてはすべて7時以降まで様子待ちになっていた。台風が関東に上陸するのとほぼ同じ時刻に嵐の中を1時間遅れでなんとか出発。機内は、リオ・デ・ジャネイロで行われる世界柔道選手権の日本代表選手ばかりだった。

7日 午前8時10分無事サンパウロ・ガルーニョ空港に到着。三原前南米本部長夫妻の出迎えを受け一路ジャンジーラへ。

8日 12時8分、川越参事に見送られてJJ3706便でブラジリアに。13時43分ブラジリアに到着。ソーニャ、オベルトに出迎えられて、そのまま「大本インテルナツィーア」(以下、OIと略す)へ。

9日 午前中、パチオ・ブラジルで行われている書籍見本市のエスペラント・ブースを訪問。グラタパリア夫妻と出会う。ブースの隣のカフェでブラジリア・エスペラント協会の会合が行われ出席。ソーニャをブースの手伝いに残し、前田とオベルトはOIに帰苑。メールを開こうとするが不通になっていてどうしようもない。明日、手を打つことに。 

10日 午前中、ブラジル・テレコムに電話、メールの発信着信ができない理由をたずねる。テレコムのコンピュータそのものに問題があり、当分、テレコムをプロバイダとするメール通信ができないとのこと。したがって、もう一つのホットメールをもっぱら使うことに。 夕刻、パウロ・セーザからウベルランジャのほうに、あるスピリティズムの霊媒の方が前田に会いたいと言っているという電話が入る。

11日 庭の池の修理とお社を新しく作り直す工事にはいるため、ジェラルド氏が来苑。ついでに2階の天井扇風機の不具合を見てもらう。池修理の材料を小切手で購入。LBVサンパウロのマリア・アパレスィーダさんから“Bonvenon al Oomoto”に対するお礼のメールがはいる。

12日 午後、リオ・プレートからシルバ氏が来苑。到着後、早速、滞在中のスケジュールについて打ち合わせ。とくに明後日の月次祭では、「大本インテルナツィーア友の会」(以下AOI)会長としてのあいさつと、今回、前田のあいさつはポルトガル語でするため、原稿を見ていただき発音などを直していただきたい由、お願いする。

13日 午前中、前田、オベルト、シルバ氏は、明日の月次祭の神饌物を買いにガアラの「上田鮮魚店」、ラグスルの「三上日本食材店」へ。午後からは、明日の月次祭の準備。

14日 午後1時、成尾大本本部青年部長、浅井特派宣伝使、藤本ヨシノブ南米本部青年部長がブラジリアに到着。前田とオベルトが出迎え。OIへの途中、昼食を済ませ、OI到着後、皆で手分けして月次祭の準備。午後8時30分、祭典開始。斎主・前田茂樹、祭員・成尾義、典礼・藤本ヨシノブ。(詳細は別に報告)

15日 午前中、成尾、浅井、藤本、前田、ソーニャ、オベルト、シルバ氏は、カテドラル、ブラジリア・タワーを訪問。日本レストラン「竹」で昼食をとったあと、一行はLBV―ブラジリアのピラミッド神殿へ。パウロ・メデールス会長の出迎えを受け、殿内を案内していただく。初めに、ピラミッド神殿内の展示室にゆき、大本五代教主さまのお作品の展示されているところで写真撮影。この日は、LBVの青年部長もピラミッド神殿を訪問、成尾青年部長、藤本南米青年部長と和やかに歓談。また、一行はラジオのインタビューを受け、インタビューアがポルトガル語で尋ね、シルバ氏がエスペラントに訳し、前田が日本語に訳し、日本語の返事を、前田がエスペラントに訳し、それをまたシルバ氏がポルトガル語に訳しインタビューアに伝えた。そのあと、エジプトの部屋、いくつかのイベントホールなどを見学。夕刻5時ごろOIに帰苑。夕刻からは、サルジーニョ一家を交えてシュラスコ・パーティー、歌と歓談で楽しい夜を過ごす。

16日 午前11時30分、成尾義青年部長、浅井清高特派、藤本ヨシノブ南米青年部長の3人は、ブラジリア空港からサンパウロへ向かうためOIを出発。前田、オベルトが見送り。空港は、日曜日ということもあって混雑、チェックインが出発時間ぎりぎりまでかかる。

17日 午前中、シルバ先生をブラジリア動物園に案内するが、この日は休園日、かわりに国立公園へ。ここは、大きい泉があり、日曜日には家族連れで賑わう。今日は普段の日だが、それでも大勢の市民が涼を求めてやってきている。ときどきマカッコ(サル)が休憩している人たちの荷物を持ち逃げするため、あちらこちらで人間とサルの鬼ごっこが。その後、キリスト教の教会を一つ訪れ、昼食をとりOIに帰苑。

18日 午後、シルバ氏がリオ・プレートへ帰る。ソーニャ、オベルトが空港まで見送り。ソーニャ、ついでに空港内の連邦警察に寄り、前田の身分証明書とビザに関する書類を提出。夕刻、パウロ・セーザ氏が来苑。明後日からのパトス・ジ・ミナス、パラカトゥなど3つの町訪問の打ち合わせ。

19日 前田は事務作業と旅の用意。

20日 午前9時30分、OIを出発。今回の旅の目的は、この町に住むスピリティストでウンバンダの霊媒カルメリートさんという70歳の方に会うこと。ただ、OIのことで私に会いたいというほかは何も知らない。午後3時、パトス・ジ・ミナスのカルメリートさん宅に到着。2時間ほどお話をして、明日の打ち合わせをする。カルメリートさんは幼いころからの霊媒で、以後、60数年間、農業のかたわら霊媒として人々のためにつくしてきた。素朴で飾り気のない人柄に好感がもてる。話を聞いてみるとOIのために協力したいという。ホテルに落ち着く前に、カルメリートさんからぜひ会ってもらいたい人がいるというので、近くの一軒の宅を訪問した。なんでも広大な農地の持ち主で、明日はぜひそこへ案内し、鳥の料理をご馳走したいという申し出だった。

21日 30分遅れて午前8時30分、カルメリートさんと農地の所有者ルイズ・マリア夫妻、前田、パウロの5人は、水や食糧を積み込んで出発。いくつかの山を越えて4、5時間ほど走ると広大な原始のサバンナに出る。道路は行き止まりなので、車を木陰に置き、それぞれ荷物を担ぎ小屋まで歩くことに。川を二つ渡り、ようやく目的地に。ここに金やダイアモンド、ルビーなどが埋蔵されていることは、カルメリートさんが精霊に教えられたという。なんでも最近、政府にも分ってきて、このあたりいったいの買収に動き始めているらしい。あそことあそこと、カルメリートさんが指をさして、金やダイアモンドなどがある場所を教えてくれた。カルメリートさんは「自分は家族もいないし、お金など必要ないのですが、ブラジルにはまだ教育を受けることができない子供たちが多いのです。そういう子供たちのために学校を建ててやりたいのです」と話す。また、パウロ・セーザからOIのことを聞き、すこしでもOIのために役立てばと思い、私に声をかけた、と。

22日 午前11時、カルメリートさんと別れを惜しみ、次の町パラカトゥを目指した。途中、ブラジルでも3本の指に入る大きい湖(周囲265キロ)トゥレイス・マリーアスで昼食をとる。この湖には、ワニやスクリ(世界で最も大きい蛇)をはじめ、ピラニアなどあらゆる生き物がいると、レストランのチーフが話してくれた。美しい湖と別れを告げ、パラカトゥへと向かう。カラパトゥは、奴隷として連れてこられた黒人の人たちが開いた町で、教会や通りなどは、数百年前当時の面影をまだ残している。最近は、カナダからの移住者が多くなっているが、その原因は、カナダ人が金を発見し、町全体がゴールドラッシュのようになっているからだという。明日は、早朝から帰る予定だったが、ホテルの従業員から、ここには大きい日系コミュニティーがあると聞き、電話をする。「明日、ぜひ訪ねてきて欲しい」という返事をいただいたので、日本コミュニティーに寄ってから帰ることになった。

23日 パラカトゥ市内で昼食を済ませた後、日本コミュニティーの高橋ショウイチ会長との待ち合わせ場所になっていた日系人の宅を訪問。しばらくして、高橋会長と学校の教師をしている日系のご婦人が到着。約2時間ほど会談。話を聞いていると、どうやら「生長の家」を信仰されていたことがあるらしい。大本と歌祭りの話をさせていただくと、たいへん興味を持たれたようで、「ここからブラジリアまで車で約3時間ほど、今後、お互いに連絡を取り合いましょう。この町も大勢、日系人がいます。ぜひ協力させてください。こちらにこられたときは、必ず私の家にお泊まりください」といってくださる。午後4時ごろ、高橋会長と日系の方々に別れを告げ、カラカトゥを後にした。午後8時、OIに帰苑。

24日 午後、ブラジリア「歌祭り」の会場などを視察のためテニス・アカデミーを訪問。オーナーが不在で、施設は詳しくは見せてもらえなかったが、メイン・ホールや宿舎などは見学できた。もう少し詳しく見たいのと、各施設の借用料などを知りたいので、明日11時に出直すことに。

25日 昨日の約束通り、午前11時、テニス・アカデミーに到着。オーナー夫妻と1時間ほど歓談。主人はブラジル人だが、夫人はイタリア人で、日本で京都大学と明治大学に学んだ秀才で、日本語はかなり話せる。オーナー夫妻の計らいで今日は各施設を詳しく視察できた。ただ、コンベンション・ホールは2500人収容できるものの、椅子の配置に多少問題がある。

26日 午後、パウロ・セーザとピラミッド神殿へ。ポルトガル語を教えてもらうことになったナイラさんとレッスンの日時や曜日などの打ち合わせに。そのあと、ブラジリアでもっとも大きくて近代的なコンベンション・センターを視察。収容人数は3000人で、メイン会場のほか、かなり広いブース用のスペースがある。また、楽屋や来賓の控え室、マスコミ対応のサロンもあり、行き届いている。

27日 午前中、車の交換の手続きのため公証役場へ。現在の車の名義が南米本部になっているため、代表者のサインが必要とのこと。ほかの方法があるかもしれない、と販売店「さが」の担当者と別の公証役場へ行くが答えは同じだった。夜、真下相談役に電話、車の件でよい方法があるかどうかたずねる。鹿内本部長は現在、イスラエルに行っており、帰ってからでなければどうしようもないとのことが分った。

28日 今日からポルトガル語講師のナイラさんが来苑。午後、前田の身分証明書のことで連邦警察へ。そのあと自動車販売店「さが」へ。偶然「さが」の担当者が夜間の大学生で、大学での前田の講演を依頼される。

29日 池に水2トンを入れる。真下相談役に電話。今日から教義用語の表の手直しをはじめる。

30日 教義用語の表の手直しを完了。

9月度大本インテルナツィーア月次祭

日本から成尾青年部長、浅井特派を迎えて楽しくにぎやかに

9月度の大本インテルナツィーア月次祭は、亀岡の大本本部から成尾義青年部長、浅井清高特派宣伝使、南米本部から藤本ヨシノブ青年部長、そのほかAOI会長ベネジット・シルバ氏、URI(世界宗教者発議)そしてLBVの代表者、ゴアラ・ウンバンダの家「今調和のとき」の皆さんなど約50人の参加者を迎えて盛大に執行された。

祭典は、8時30分、斎主・前田茂樹、祭員・成尾義、典礼・藤本ヨシノのもとに執行された。成尾・藤本両青年部長の参加によって、祭典が若々しく活気に満ちたものとなった。

祭典後、ベネジット・シルバAOI会長の神書拝読(ポルトガル語版大本神諭)、浅井清高、成尾義、藤本ヨシノブ、前田茂樹の4人による基本宣伝歌の合唱とつづいた。そのあと前田所長がポルトガル語であいさつ、数年後、ブラジリアで開催されるエスペラント歌祭りの意義について説明。そしてAOI会長ベネジット・シルバ氏がAOI発足1周年の感想を述べた。

月次祭は直会に移り、いつものように、あちらこちらに参拝者の歓談の輪ができ、エスペラントとポルトガル語が飛び交っていた。しばらくして、成尾義青年部長による武道「和楽」の形が庭の芝生の上で披露され、参拝者は、遠い異国の地の見知らぬ武道に興味しんしん、食い入るように見つめていた。

OI9月度月次祭は、日本からの訪問者を迎え、楽しくにぎやかな祭典となった。

写真
LBVピラミッド神殿訪問、ピラミッド神殿内でのラジオ・インタビュー(9月15日)
写真
インタビューを受ける成尾青年部長とLBV青年部長(9月15日)
写真
五代教主様お作品の前で(9月15日)
写真
記念撮影(9月15日)
写真
パトスミナスの旅、カルメリーナさんと(9月20日)
写真
トレイス・マリアス湖で(9/22)
写真
300年前の奴隷の町パラカトゥ(9/23)
写真
9月度月次祭。月次祭祭典に奉仕する前田所長と成尾青年部長(9月14日)
写真
ご神書拝読するベネジット・シルバAOI会長
写真
基本宣伝歌合唱
写真
あいさつするAOI会長
写真
ポルトガル語であいさつする前田所長
写真
参拝者
写真
「和楽」の演武を紹介する成尾部長

大本インテルナツィーアだより

2006年のニュース

大本青年部の行事報告
日本語ホームページへ戻る
Ĉiuj rajtoj rezervitaj de OOMOTO.
©2010 OOMOTO. All rights reserved.