「ES細胞研究容認」に対する教団見解
大 本 本 部
わが国では平成12年3月、首相の諮問機関である科学技術会議の生命倫理委員会ヒト胚研究小委員会が、人の受精卵(胚)から「万能細胞」と称されるES細胞(胚性幹細胞)を作製、利用する研究を条件付きで容認する報告書を提出し、生命倫理委員会はこれを了承した。これをうけて科学技術庁では現在、ES細胞研究のためのガイドライン(指針)作りを進めている。
生命倫理委ではこれと同時に「クローン人間」作製を法律で禁止する当然の処置を行いつつあるが、このES細胞研究については「法規制は不可欠のものでない」との立場を表明している。しかし、ES細胞研究で使用されるのは人の受精卵であり、医療への応用のためとはいえ、これを研究対象として破壊し、その中から細胞を取り出し実験にあてることは、生命の尊厳を冒す行為にほかならず、容易に認められるものではない。
大本教団では、人の生命の始まりを〈受精の瞬間〉とみているが、その根拠は教祖出口王仁三郎聖師の教示に“霊界の天人の子(霊子(れいし))が地上に降下する”などとあることによる。この生命の始まりは、今日の生物学的表現でいうならば、精子が卵子へ侵入し受精卵中で「精子、卵子両者の核膜が溶解し独自の遺伝子を持った時点」をいい、霊的にいうならば「新しい希薄な固有の霊的生命(霊子)の宿った瞬間」をいう。この「霊子」は人身の成長とともに漸次成長し、やがて成人して霊魂としての完成をみる。この霊子の段階は、まだきわめて希薄な霊的生命の段階にあるとはいえ、個としての霊性(人格・パーソン)をすでに宿している。つまり、こうした胚や胎児の霊性的地位は、その体的発達過程で“無”から“有”に変化するのでなく初期胚から一貫して“有”として存在し継続するのである。その霊性は成人のそれと本質において変わりなく、その尊厳さにおいても同様である。したがって大本では、受精の瞬間に固有の人格をもつ生命が始動するとみており、受精卵(初期胚)を被験の対象とする今回のES細胞研究容認に対して、強く反対の意を表明するものである。
人の受精卵を傷つける研究について欧米各国の対応は、「受精卵にはすでに生命が宿っている」との考えに立ち、ドイツ、フランスなどでは法律で禁止し、アメリカでも予算支出関連法で連邦資金の支出を禁止している。今回のES細胞研究についても欧米各国をはじめ世界各国で〈生命の尊厳〉をめぐり科学者、宗教者の間で激しい議論が続けられている。しかしわが国には人の受精卵の扱いに関する法律はなく、これまで国民的論議は皆無であったといってよい。にもかかわらず今回、ES細胞研究について世界で最初に、国として“容認”の方向をとったことに対し驚きの念を禁じえない。
本年1月、科学技術庁が一般国民を対象に実施した意識調査によると、「受精卵を利用した研究の是非」について全体の過半数が反対または態度を留保している。いわば、この研究について国民的理解の得られていないのが現状である。にもかかわらず、この研究を国の方針としていちはやく容認したことは、国際競争に遅れをとらないための拙速な結論といわざるをえない。わが国でも宗教者、哲学者を含めた議論を早急に行い、より慎重に審議すべきである。
ES細胞は、慢性的な臓器不足に悩む移植医療にとってもその供給源として大きな光明とみられているが、これによる再生医療は〈生命の中断〉、すなわち受精卵の破壊を前提としていることに変わりない(ただし自己の体細胞による幹細胞分化にもとづく再生医療は別)。また、この研究にあてる受精卵は、不妊治療のため体外受精を行った夫婦から“不要”になった受精卵(余剰卵)を譲りうけ研究にあてるとしている ―体外受精の是非はここでは問わない―。しかしこのような受精卵は“不要”になったことを理由に、モノとして廃棄され他の目的に用いられてよいものではない。これらはいずれも貴重な固有の〈生命〉を宿すものであり、単に廃棄するのでなく丁重に土に帰し葬られるべきである。
その他ES細胞は、民間企業での開発研究、また医薬品開発のための毒性試験やヒトゲノム解読の材料に使うことなどが検討されているが、これらは“生命の商品化”に、また一種の“人体実験”につながるものである。こうした非人道的行為を認めることは、今日さまざまな社会的事件の根底にある〈唯物的人間観〉と〈生命軽視の風潮〉をさらに助長し、心の荒廃をいっそう深めることになる。
そのほかES細胞研究には、将来に関わる未知の危険を指摘する声が専門家のあいだからもあがっており、未検討の問題はあまりにも多い。またこの研究は〈生命の基本的命題〉に関わることであるにもかかわらず宗教者に対し正式な形で意見が求められなかったことは極めて遺憾であり、宗教界から幅広く意見を聞くべきである。本教団としてはES細胞の研究を含め、人の受精卵を用いるすべての研究について根本的な見直しを求め、人類の未来に禍根を残さないよう努められることを強く要請する。
この教団見解は、大本教団本部が内閣総理大臣を議長とする科学技術会議議員、生命倫理委員会委員長及び委員、ヒト胚研究小委員会委員長及び委員、関係省庁大臣(厚生、農水、通産)宛てに送付させていただいております。