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大本の近年の主張〜声明、見解、要望書

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大本総116第79号

平成20年6月1日

内閣総理大臣 福田 康夫 様

〒621-8686 京都府亀岡市荒塚町内丸1番地
宗教法人 大  本 
代表役員 島本 邦彦  

「臓器移植法改定に関する要望」送付について

このたび大本教団は、別紙の「臓器移植法改定に関する要望」をご送付致します。御査収下さい。

なお、同文を、厚生労働大臣、衆議院議長、衆議院厚生労働委員会委員長各位にもご送付し、ご参考として衆議院全議員各位にもご送付致しましたことを申し添えます。

臓器移植法改定に関する要望

現在施行されている「臓器移植に関する法律」(平成9年法律第104号)は、「臓器提供を希望するものに限って脳死を人の死とする」という特例的条件のもとに法律内容が定められています。あえてこのような条件のもとに同法が成立したのは「脳死を人の死とするか否か」について意見が分かれ、国民的合意に達しえない背景があったからに外なりません。

法施行後、本年5月13日までに70例の脳死・臓器移植が行われましたが、国民の間にはそれを歓迎する声とともに、一方では、脳死・臓器移植に対する不信と懸念の声もあり、近年の研究では「脳死」の科学的定義・基準さえ曖昧であるとの論文も発表されています。

こうした中、去る5月27日、超党派議員による「臓器移植法改正推進議員連盟」(会長・河村建夫元文部科学大臣)が設立され、「現行法では難しい小児患者への移植を国内で実現するのが目的」(5月28日付「読売新聞」)とし、河村会長は中山太郎衆院議員らが提出した「脳死を人の死とし家族の同意で提供を可能とする」案を議連における議論の中心として考える(5月27日19時49分配信「毎日新聞」)旨 報じられました。もしこの報道が事実であれば、「脳死を一律には人の死としない」現行法の基本理念を大きく逸脱した内容であります。

大本の外郭団体・人類愛善会は平成12年10月、「脳死は人の死ではない」旨の街頭署名87万余人分を集め、厚生大臣(当時)宛に提出しております。

このたび、法律の根幹そのものの変更を意図されるのであれば、これまでの脳死からの臓器提供が適正に行われたかを検証するとともに、現行法が制定された時と同様、小児脳死を含めた第2次「脳死臨時調査会」を立ち上げ、国民の合意が得られるよう措置されることを求めるものであります。

要 望 項 目

1: 本人の承諾無しに臓器摘出が行われることのないよう措置されること。

2: 15歳未満の未成年の臓器提供を認めないよう措置されること。

3: 6歳未満の幼小児に対する脳死判定を行わないよう措置されること。

4: 臓器提供施設のすべてに最新の救命救急治療設備を整備すること。

5: 人工臓器をはじめ、臓器移植を不要とする治療法の開発が促進されるよう措置されること。

6: 臓器移植法改定に際しては、小児脳死を含めた第2次「脳死臨時調査会」を立ち上げ、国民の合意が得られるよう措置されること。

平成20年6月1日

宗教法人 大  本

代表役員 島本 邦彦

御参考

「大本」が脳死・臓器移植に反対する主な理由

大本教団では、教祖出口王仁三郎聖師の教示にもとづき、早くから脳死は「人の死」でないと表明してきた。人間は元来、霊魂と肉体とからなる有機的統一体であり、その主体性は霊魂に存在し、肉体は霊魂の容器であり、死は心臓の鼓動がまったく停止し、霊魂が肉体から完全離脱した時を言うのであって、心拍のある脳死状態は、個体死でなく脳の部分死にすぎないとしているからである。

脳死を「人の死」とし、人間を部品の集合体とみるならば、人心はますます物質中心の考えに偏り、科学万能の荒涼とした死生観、人生観、世界観に変わり、人類の精神は由々しい状態にいたることを憂えざるをえない。

このことは今日、人類の環境保護、生活の様式、文明のあり方に深刻な見直しが求められていることにも通ずるのである。

私たちは、人間の肉体は神から与えられた固有のものであり、個体死でない脳死を前提とした臓器移植はあってはならないとするものである。とはいえ、現実に移植を必要とする患者に、この道のすべてを閉ざしてよいとするものではない。現状では人の死に関わらない限り、移植は止むを得ないと考える。それゆえに人工臓器の開発が一日も早く達成されることを願うのである。

*平成3(1991)年12月3日 「脳死を『人の死』とすることに反対する声明」(大本本部)

http://www.oomoto.or.jp/Japanese/jpOpin/911203.htmlから抜粋

御参考

平成19(2007)年7月号「人類愛善新聞」(人類愛善会発行)

主張「もう一度『脳死臨調』を/臓器移植法の改定問題」

かけがえのない「生命」があまりにも軽い。 9年連続3万人超の自殺者。親殺しや子殺し。ここ最近、かつてなかった凶悪犯罪が連日のように報道されている。その一方で、脳死患者からの臓器提供が「生命」を救う美談のように喧伝されている。

しかし本当に美談だろうか。移植医療がほかの医療と違う点は、患者本人以外の他人の臓器を使うことだ。さらにそれが脳死移植となると、「他人の生命」を犠牲にしなければ成り立たない。 "脳死"は脳の機能不全ではあっても、決して"人そのものの死"ではないからだ。

脳死移植をすれば、一人の「生命」が助かるのだからいいじゃないか、ですまされる問題ではない。

臓器移植法が施行されて10年。昨年8月国会に上程された一つの改定法案の審議入りをめぐって、現在、推進派はロビー活動を活発化している。数の論理で強行採決しようとの動きもある。

その改定法案の中身は「脳死を一律に人の死」とするもの。仮に改定された場合、脳死を宣告された患者は例外なく「死体」とみなされ、本人が臓器提供を拒否する意思を示していない限り、家族の同意だけで、麻酔をかけられて臓器を摘出される。ここであえて「麻酔をかけられて」としたのは、この現実を多くの人が知らされていないからだ。「脳死患者からの臓器摘出時に執刀すると脈拍や血圧が急上昇し、のたうち回る場合もある。そのため麻酔や筋弛緩剤の投与が移植医学の常識になっている」(「毎日新聞」平成19年1月21日、「問題多い10年目の現場」小松美彦東京海洋大学教授)のである。

もし自分の親や子が「麻酔をかけられて」生命が絶たれると知ったとき、いったいどれだけの人が脳死移植に同意するだろうか。

*平成19(2007)年7月号「人類愛善新聞」「主張」欄

http://www.jinruiaizenkai.jp/profileshinbun07-7-2.htmlから抜粋

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