おほもと Oomoto

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大本とは

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 大本でいう神さまとは、どういう神さまですか?

神さまといえば氏神さまや神棚、仏壇、神社、教会あるいは神主さんを連想される人が多いようです。しかし、大本でいう神さまとはそのような狭い意味のものではなく、大宇宙をおつくりになり、全人類を育て導いておられるご存在です。

心をとめて見れば、庭に咲いている一本の花からも、神さまは理解できるものです。この美しい色や香りをもった花は、いったいだれが造ったのでしょうか。同じ土地にまいても、種が違えば、さまざまな色の花が咲きます。だれがそうするのでしょうか。花を作る人はただその世話をするだけにすぎません。

人はよく「自然にそうなる」と言いますが、その自然とは何をさす言葉でしょうか。いずれにしても、自然の偉大な存在を信じないわけにはいきません。私たちはこの自然のもつ力と働きの本源を、宗教的に神さまと呼んでいるのです。

 大本でおまつりしている神さまは、どういう神さまですか?

大本では大宇宙の創造主神(そうぞうすしん)をはじめ種々の正しき神々をおまつりしています。大宇宙の創造主神とは、永遠に変わることなく、絶対の存在として実在する真の神のことで、古事記ではこの神のことを、天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)というご神名で呼ばれています。大本では大本皇大神(おおもとすめおおみかみ)、また大天主太神(おおもとすめおおみかみ)と申し上げています。また世界の各宗教ではこの主神のことを、ゴッド、エホバ、アラー、天、天帝などという名称で呼んでいます。

なお、大本では主神とともに主神の手足となって活動している多くの天使(かみがみ)を神さまとしてあわせておまつりし、各家の祖先の霊魂も丁重におまつりしています。

 大本は、いつごろできた宗教ですか?

大本が開教したのは明治25年(1892)旧暦正月です。大本の開祖・出口なおという方が五十七歳の時、京都府の北部にある今の綾部市で、突然神懸かり状態になられ、神の言葉を叫ばれるようになりました。これが大本の誕生です。

大本の祭神は古事記、日本書紀にもお名前がたびたび出ている、宇宙を創造され太古から今日まで活躍されている神さまです。そういう意味では、開教は浅くても、大本は大昔から存在し活躍していた宗教といえます。

その宇宙を創造された神さまは、現在の世界を混乱と腐敗から救い、永遠に変わらない美しい国土を地上に建設するため、明治25年(1892)に現界に出現され、本格的に救済の手をさしのべられたわけです。

さて、開祖が生まれられた天保7年(1836)から大本が開教した明治25年という時期は、ちょうど日本の大変革期でした。徳川幕府の政治も腐敗し、日本全土におよぶ飢饉や、農民による大規模な一揆、また倒幕運動が各地で起こるなど騒然とした時代で、ついに徳川幕府は倒れ、明治維新を迎えました。その後も西南の役など、新時代と旧時代の争いが絶えず、まだ新しい国家体制の十分にととのわない明治中期に、大本は出現したのです。

ちょうどそのころ海外では、アメリカで南北戦争が、ロシアでは農奴解放が行われるなど、解放運動が進むとともに、一方では資本主義が急速にのびてくる時代で、ようやく世界史的にも大転換が行われようとしている時代でした。

 教祖は何という方ですか?

一般的に、キリスト教や仏教、イスラム教などの世界宗教から、天理教、金光教などの各宗派にいたるまで、教祖はお1人ですが、大本の教祖は2人です。出口なお開祖出口王仁三郎(おにさぶろう)聖師のお二方がそうです。これは、大本の特徴の一つといえましょう。

開祖は「お筆先」を、聖師は「霊界物語」をそれぞれお示しになりました。開祖は神の法則を端的に述べられました。聖師はその法則を現代人に解り易く説かれ、政治、経済、教育、宗教、芸術などの諸分野において詳しくくだいて教示されています。このお二方の教えから大本の教えの基本は成り立っています。私たちは開祖、聖師お二方を大本教団の教祖という狭い視野からうけとるのではなく、全人類の教えの祖としてうけとっています。

 出口なおという方は、どういう方ですか?

出口なおという方は、大本を開かれた方で 開祖とお呼びしています。天保7年(1836)に現在の京都府福知山市にお生まれになりましたが、きわめて貧しい家庭で育たれ、読み書きも習えず、奉公暮らしのうちに大きくなられました。しかし、開祖さまはつつましく清らかに生きられ、大変親に孝養を尽くされましたので、当時の藩主より表彰されたことがあります。

さらに成人され、ご結婚後は家の要として夫によく仕え、八人の子育てをなさる中、艱難苦労の生活を続けられた開祖さまは、人の世の苦しみや悩みを味わいつくされ、さらには貧しいものや、虐(しいた)げを受ける弱い人に、しみじみと思いやりをよせられていました。

開祖が57歳になられた明治25年(1892)旧正月のこと、突然神がかり状態になられ、ご自分で気持ちを抑えようとしても抑えきれない力で「元の神世に立替え立直すぞよ」と叫びだされました。続いて、人の生き方や、神々や人類に対する警告、また世界改造の予言などが、開祖の口をついて出てきました。これが大本のはじまりです。

開祖の腹の底から湧きあがってくる神さまの声は、やがて開祖の筆を通して現われるようになりました。これをお筆先といいます。寒中でも日にいく度となく水を浴びられ、心身を清めて筆をとられ、お筆先を書きつづけられました。これが大正7年(1918)に83歳でご昇天になるまでの27年間に、半紙で20万枚にのぼる大本のお筆先となりました。このお筆先は、後に「大本神諭」として発表され、「霊界物語」(出口王仁三郎著)とならんで、大本の二大教典となっています。

開祖の、厳冬に咲く白梅のような厳しく薫り高い静かなご生活は、気品高い一種言うに言われぬ気風をかもし、信徒を広く教化していかれました。

 出口王仁三郎(おにさぶろう)という方は、どういう方ですか?

出口王仁三郎という方は、大本の開祖である出口なおという方とともに、大本の教祖と仰がれている方で、私たちは「聖師さま」とお呼びして、親しみ敬っています。

聖師は幼名を上田喜三郎(きさぶろう)といい、明治4年(1871)、現在の京都府亀岡市近郊の貧しい農家の長男として出生されました。明治31年(1898)28歳のとき、突然、神に導かれるままに郷里の高熊山の岩窟で7日間、水一滴も飲まれず、寒中に岩上に正座して修業されました。この修業中、聖師の霊魂は肉体をはなれ、この現実界の根源である霊界の実相(じっそう)を深くさぐられ、自分に救世の使命のあることを強く自覚されました。

明治33年(1900)には、開祖の末子すみこさま(後の二代教主)と結婚され、その後大本の基礎を次第に築いていかれました。「霊界物語」81巻の口述、国際語エスペラントの採用、海外の諸宗教との提携、芸術活動の推進など、今日の大本活動の基礎はほとんど聖師が確立されたといっても過言ではありません。しかし、この間に、昭和10年(1935)には第2次大本事件で6年8カ月も未決の牢獄ですごされるなど、救世のために筆舌に尽くせないご苦労をなさいました。昭和23年(1948)に78歳の波瀾にみちた偉大な生涯を閉じられました。

聖師の知識はあらゆる事柄に関して即座に解答し、あらゆる賢哲(けんてつ)の疑問にも明解を与えられ、救世の教えとして世界的な大教義をのべ伝えられました。またその言行は愛に徹し、さまざまな迫害と苦痛を平然と甘受され、どんな反抗者に対しても歓喜をもって教化する大神人でした。

 現在の教主は、どういう方ですか?

大本の現在の教主は、出口紅(くれない)と申し上げ、開祖より五代目にあたられます。

教主は昭和31年(1956)、京都府亀岡市でお生まれになり、幼いころから、祖母出口直日三代教主のお側に仕え、また出口聖子四代教主からも、ねんごろなご薫陶(くんとう)をお受けになりました。

物心おつきのころより、能楽・茶道など日本伝統文化に精進され、長じては薬学、特に東洋医学の研究に情熱を注がれました。

教主は、ご就任後、教祖さま、歴代教主さま方のお残しになられましたお道を、自ら率先して実践され、人類愛善、万教同根の理念に基づく平和活動、生命尊厳を重んじる社会的諸活動、お土のご恩に生きる食、農、環境の改善をめざす愛善みずほ会活動、世界共通語エスペラントの実用化への実践的努力、芸術、文化、福祉活動など、時代に即応する宗教教団の実現をめざして、指導しておられます。

開祖写真
聖師写真
二代教主写真
開祖・出口なお
(天保7年〜大正7年)

聖師・出口王仁三郎
(明治4年〜昭和23年)

二代教主・出口すみこ
(明治16年〜昭和27年)

三代教主写真
三代教主補写真
四代教主写真
三代教主・出口直日
(明治35年〜平成2年)

三代教主補・出口日出麿
(明治30年〜平成3年)

四代教主・出口聖子
(昭和10年〜平成13年)

五代教主写真
五代教主・出口 紅
(昭和31年〜)

 大本は、戦前に大きな弾圧をうけたそうですが、なぜですか?

大本は、戦前に2回にわたって政府から弾圧をうけました。大正10年(1921)と昭和10年(1935)の弾圧がそれです。

なかでも昭和10年の第二次大本事件では、徹底的な弾圧をうけました。

昭和8、9年、つまり世界情勢がファッショ化してきた時、大本は愛善精神にもとづき、まず日本国家の精神的改革を断行しようとして、昭和9年(1934)には昭和神聖会という会を設立し、全国でこの運動を展開しました。たちまちこの運動は全国に数百万の賛同者を得ましたが、時の政府はこの運動を誤解し、また末端部における運動の行き過ぎや、運動に対する信徒の誤解もあり、徹底的な弾圧をうけてしまいました。事件は治安維持法違反、不敬罪などの疑いによるものでした。

この事件では、中心人物であった聖師、二代教主や三代教主補、その他五十余名の幹部が投獄され、当局は判決も決まらない前に、開祖のお墓を破壊し、綾部、亀岡両本部をはじめ、全国数百カ所の大本の施設を強制的に破壊し尽くしました。

新聞雑誌は「大本は邪教である」と、事実をまげて報道しましたが、治安維持法は昭和17年、高等裁判所で無罪、昭和20年(1945)、大審院で控訴棄却となり、無罪が確定。不敬罪も昭和20年の日本の敗戦により解消して、一切が無罪となりました。

 なぜ「大本教」と言わずに「大本」と言うのですか?

天地創造の神さまが開祖に神懸かりされた時のお言葉によって開教した教団ですので、「世の大本」「宇宙一切の大本」「道の大本」などすべての本(元・基)の意味をあらわす名称を用いております。また、単なる一宗教団体の枠を超えた、幅広い活動を目指しておりますので、「教」をつけずに「大本」と称しています。

 大本の聖地は、どこにありますか?

大本の聖地は、京都府の綾部市と亀岡市の両市にあります。どちらも神さまの鎮まっておられる神聖な場所です。

綾部市は京都駅からJR山陰線の特急で1時間あまりのところにあり、ここにある聖地を梅松苑(ばいしょうえん)とよびます。大本が開教したところで、まつりの中心地となっています。大本の大祭や、ご神体のおさげや、祖先のおまつりなど、まつりに関することは一切ここで行われます。

また、京都駅から山陰線で30分ほどの亀岡市にある聖地を、天恩郷(てんおんきょう)とよびます。大本のみ教えを広める宣教活動の中心地です。人々にみ教えを伝える大道場や、出版物の発行所、対外活動の事務所などがあります。

梅松苑も天恩郷も、ともに青々とした樹木につつまれたすがすがしい神域で、信徒はこの両地をともに聖地とよび、神さまの永遠に鎮まられる至聖所として、また「魂のふるさと」として、慕い尊んでいます。

梅松苑風景写真
風景写真
梅松苑の長生殿(左)と天恩郷・万祥殿(右)

 大本は、他の宗教をどのようにみていますか?

どの宗教でも、神(仏)の愛や善を説かない宗教はありません。ですから大本では他の宗教を邪教などと呼ぶことはしません。大本には、万教同根(ばんきょうどうこん)という教えがあります。つまり、すべての宗教は、究極において、全大宇宙を創造された一つの神から派生し、その一つの神を礼拝していることになるという意味で、万教はすべて根を同じくしている、つまり万教同根といっています。

世界には、その宗教の起った時代によって、あるいは風俗習慣、民族などの違いなどから、いろいろな宗教がありますが、たとえ各宗教が、祭神の名前や礼拝の形式などが違っていても、また、その教義に浅い深いの相違はあっても、結局は人類に平和と幸福をもたらすということに共通目的があるのです。

それぞれの宗教は、お互いに排他と独善のあり方をやめ、邪教呼ばわりしないで、宗教共通の目的である人類社会の浄化と向上のために、お互いに提携し協力して活動するようにしなければならないと考えています。

しかし近年、宗教の名を語る「エセ宗教」や、世を騒がせるカルト教団なども横行しています。これらは、万教同根とは対極の邪悪な心が生み出した存在だと考えています。

 人間は、死んだらそれで終わりでしょうか?

一般的に、「人間は死んでしまえばそれですべてが終わり、何も残らない。だから生きている間に、思う存分好きなことをしなければ損だ」という考えの人が多いようです。これはとんでもない間違いです。

人間の霊魂は、現世から消えても、生前の個性と意識をもったまま、霊界で存続します。死とは、肉体の機能が停止することなのです。

人間の肉体は物質ですから、自然界の法則のとおり、衰え亡び、腐敗してしまうものです。しかし、霊魂は永遠に不滅で、死ぬことも老いることもありません。人の霊魂は肉体をもって生まれる前から存在し、現界で生きている間は肉体を宿としています。そして、現界的に死を迎えると肉体から霊魂が脱出し、霊界へと帰っていくのです。

死んでしまえばすべてが終わりだと思って、好き放題の生活をしていると、霊魂を傷つけ、弱め、汚してしまいます。そしてその霊魂は霊界に帰ってからも永遠に存続するため、その罪を永遠に背負い、苦しまなくてはいけないのです。

霊界についての詳しいことはこちらで(「霊界」Q&A)

 大本では、人生の目的をどのように考えていますか?

大本のみ教えには「人生の真目的は地の上に無窮の天国たつるにありけり」と示されています。つまり人生の目的とは、この世の造り主である神さまのご意志にそって、永遠に続く幸福と繁栄にみちた平和な世界を地上に建設することだと教えられています。

人間は神さまから分けていただいた霊魂をそれぞれの肉体に宿しています。そして神さまと人間とが真に和合してはじめて、人間としての本当の働きができるのです。

もし人が「私は神仏などを必要としないほどの人格者だ」と自負していたとしても、その人が神さまとの結びつきがなく、神さまからのお導き(ご守護)を得ることができなければ、人として神さまからゆだねられている真の仕事はできるものでありません。

造り主である神さまのみ心を心とし、神さまの手足となって理想世界を建設することが、人生の真の目的なのです。

 大本では、今日の社会の混乱を、どのようにみていますか?

大本では、今日のように世界の混乱が起きることは、大本が開教した明治25年(1892)から、開祖のお筆先を通し、すでに予言されていました。

お筆先にはこれまでの世の中のあり方は、一切が人間本位の、神を無視した、間違ったやり方なので、神を中心としたあり方に一切を根本的に改め、水晶のような清らかで美しい世界に立直すと示されています。そして、この間違った世の中を大掃除、大洗濯して清めるためには、その間に個人的にも、世界的にも、また精神面にも、物質面にも大きな変動が起ると示され、その時の覚悟も十分に諭されています。

今日、お筆先に示された通りに起こっている世界の混乱や変動には、よいことばかりでなく、悲惨な出来事もたくさんありますが、これら一切は、よりよい世界が建設されていく産みの苦しみです。私たちは世界を大きく改造されつつある神さまに、世の大難を小難に、小難を無難にしていただくようにと祈りながら、神のみ諭しのままに行動しているのです。

 大本では、貧富や身分の上下など差別のあるこの社会をどのようにみているのですか?

封建時代から今日の社会をみると、貧富や身分の上下の差は小さくなったといえますが、まだまだ差別があります。大本では理想世界のあり方として、貧富の差の縮まった世界を理想としています。しかし、全く違いのない世界を築こうとしているのではありません。

自然の草木の一つ一つにいたるまで、その成長に不同があり、差が自然にできているように、人間の世界にも生まれながらに生じる賢愚(けんぐ)、美醜(びしゅう)の本質的な差はどうすることもできません。また、なまけている人と、勤勉で立派な人とが全く違いなく同一に扱われることは、大本ではそれを「悪平等」といって戒めています。

もともと私たちの世界は、本来、大小、善悪、深浅等、違いがあるように創られている世界ですので、違いのあるのが本当ですが、その違いが自然発生的なものでなく、不自然に人為的に造りあげられたものである場合は、これをよくないこととしています。私たちの社会で、みんなが人権を尊重し合い、それぞれにもつ能力に応じて業務の役割もきまり、おたがいに不平なく楽しみ喜べる社会にすることが、私たちの理想なのです。

 大本では、戦争や紛争の原因は何にあるとしていますか?

大本では、戦争や紛争の原因を、人の心の持ち方にあると考えています。自分の国さえよければ、よその国はどうなってもかまわないといった「われよし」の心の持ち方が、これらを引き起こす原因になっているとしています。

聖師は次のように示しています。

「神さまの生宮たるわれわれは、世界にある有形無形、この二つの大なる障壁を取り除かねばなりません。有形的障害の最大なるものは対外的戦備(警察的武備は別)と国家的領土の閉鎖とであります。また無形の障壁の最大なるものとは、すなわち国民および人種間の敵愾心(てきがいしん)であり、また宗教団との間の敵愾心だと思います」(霊界物語第64巻上)

このお示しのように、軍備を撤廃し、人々の敵愾心を無くさない限り、戦争の原因はなくならないと言えるでしょう。

 大本では、戦争をどのように考えていますか?

大本では、戦争は人類最大の罪悪であるとみています。大本の教典には、「神より見れば一人の生命も大地より重しとなしたもう。その重きところの生命をとり合う戦いこそ悪の骨頂である」「世の中に戦争くらい悪しきものはなく、軍備くらいつまらぬものはなし」と示されています。

昭和20年の12月、聖師が鳥取県の吉岡温泉に滞在中に、朝日新聞の記者からインタビューを受けられた記事が三十日付けの紙面に掲載されました。これを「吉岡発言」といい、当時戦後日本の復興進路を示す重要な内容として注目されました。その要旨は、次のとおりです。

「……日本民族は断じて滅びない。今日本は、軍備はすっかりなくなったが、これは世界平和の先駆者として尊い使命が含まれている。本当の世界平和は、全世界の軍備が撤廃したときにはじめて実現され、いまその時代が近づきつつある」

この主張をもとに、大本は戦後一貫して軍備撤廃、戦争反対、世界平和を訴えつづけてきました。そして戦争の起こらないよう、人類の「われよし」のこころを人類愛善、すなわち同胞愛の心におきかえるようにひたすら呼びかけ努力しています。

 大本では、将来のことをどのように予言しているのでしょうか?

大本の教祖である出口なお開祖と出口王仁三郎聖師は、ともに偉大な予言者でした。開祖のしるされた「お筆先」、聖師の口述された「霊界物語」は、ともに膨大な量にのぼる大本の教典ですが、同時にそれは大予言書、大確言書ともいえるものです。

予言内容は、「立替え立直し」といわれる、この混迷の世を人々の心を改めることによって、新しい世の中に建設しなおすことを基本に、明治時代から今日にいたる世界の変遷、また現代からさらに来るべき理想世界の建設にいたる過程が、はっきりと示されています。

こうした予言は、お筆先に「神の申したことは毛筋の横幅(よこはば)ほども間違いはないぞよ。これが違うたら神はこの世におらんぞよ」とあるように、絶対の権威をもって示されています。事実、少しの違いもなく現実に現われており、予言ではなく、確言であるということができます。予言の内容について詳しくは、聖師がお筆先を整理・編集された「大本神諭」をご覧下さい。

 大本で理想としていることは何ですか?

大本で理想としていることは、神さまのご理想とされているところと全く同一の事柄です。これを一言で表現すれば、「一切のものを平和でのどかな天国のような状態にする」ことです。つまり、この現実世界の人や社会に属する一切のものを天国化すると同時に、私たちの目に見えない心などの霊界に属する事柄にも、地獄界などという汚い世界を一切なくし浄化し天国化するということです。

大宇宙の精神界、物質界をあげて一切を天国化し、神さまの無限の真善美愛と合致させることが神さまのご理想です。このことはそのまま、神さまに奉仕しようとする宗教団体「大本」の大理想でもあるのです。

 大本では、どのような世界を理想としていますか?

大本では、端的に「一つの神、一つの世界、一つの言葉(国際共通語)」の具現化を、理想世界の現実的姿としています。

一つの神とは、宗教・宗派によってとなえる神仏の名が異なっても、いずれも宇宙を創造された元の神さまから派生した神さまであり至高者である、すなわちすべての宗教は同じ元の神さまに帰一することです。

一つの世界とは、世界各国が大家族的となって、世界連邦のような機構を実現することです。

また一つの国際共通語とは、民族語はそのまま残し、公用語としてどの民族にも属さない中立な国際共通語エスペラントを用いて、世界の何千という各民族語のもつ国際交流上の言語障害をなくし、公平な立場で人類の意思交換を円滑にすることを端的に示したものです。

このような世界を理想としていますが、加えて世界中の気候が整って災害が減り、病も少なくなり、政治、経済、科学の各分野でますます平和裏に国際交流が進められるよう願っています。

一方、教育、芸術、宗教の分野でも、国際的に人類の宗教的情操を高め、魂の浄化をはかるための文化活動がすすめられることを理想としています。それによって、人類はともに天然の資源を尊び、感謝の気持ちを持って公共の福祉をいっそう増進するようになり、個々には、それぞれに持てる個性を生かしながら、各自の業務を喜び楽しみ、人類が相互に共存共栄し神を讃美する世界が現出されていきます。そのような世界を理想の世界としています。

 大本では、どのようにして理想的な世の中を築こうとしているのですか?

大本は、人為的な力のみで理想世界を建設しようとしているのではありません。大本の神示には「三千年の神の仕組み」という言葉があります。三千年とは非常に永い年月のことです。太古から神さまは現代の混乱を予知され、現代を救済するために水ももらさない深い仕組みを立てられ、その通りにこの世の中は動いてきています。

明治25年(1892)に現代を救済するために開祖に神がかられ、聖師二代教主三代教主教主補四代教主、そして現教主を通じて救世のみ教えを説き、仕組みを遂行されてきています。

まず大本の中に精神界、物質界の両面にわたる世界大改造の源泉を築かれ、それを世界に波及され、人類に幸福と繁栄の道を開き、救済しようとされています。私たちは、こうした教祖、歴代教主・教主補の指導のもと、大本を型として神さまの理想を世界に伝え、永遠につづく理想世界を建設しようと努めています。

この理想世界実現のためには、世界の構成単位である人間一人ひとりの魂の浄化が不可欠であり、それなくして人間社会がよくなり幸せになるはずがありません。大本では、人類個々の改革と向上をはかるため、神さまに祈りをささげ、神さまのご守護のもと活動を行っています。

同時に、「教育や政治芸術一切を指導するこそまことの教なる」というお示しのもと、政治、経済、教育などを精神的に指導しつつ、多方面にわたる教えを現実的に具体化し、日本および世界各国に積極的に広めています。そのことが、世界の万般に大きな影響を与え、人類の向上を促し、神さまの意志のもとに理想世界を建設していく大推進力となり、その中心となろうとしています。

 大本は、社会的にどういうことをしているのですか?

大本では、人々の魂の救済を中心に、非常に広範な社会改善運動を行っています。その中心は、宗教活動として教えの普及を第一義に置いて、人心の浄化と、向上を図ることを社会改善の大根底としています。出版、ラジオ放送、ホームページ開設や講演会、座談会などがそれです。

そのほかに、次の外郭団体があります。

愛善の精神にもとづき人種、宗教などのあらゆる障壁を越えて人類同胞観を普及し、世界文化の向上と恒久平和の達成に尽くすことを目的とした文化団体として人類愛善会があり、宗教間の和合を図る宗際化、世界連邦運動の推進を図るなど世界や社会の改善を促進しています。

さらには、国際語エスペラントを普及する団体としてエスペラント普及会があり、農業技術や農業経営を指導する団体として社団法人愛善みずほ会が、また、光耀会のもとに亀岡保育園を経営する社会福祉法人愛善信光会、「ケアハウス朝野」を経営する社会福祉法人このはながあります。そして、教団関係の各種書籍類の出版活動等を行う団体として株式会社天声社があります。

これらの団体は、宗教の枠を超えて、広く社会に門戸を開き、各方面でそれぞれ社会改善をめざし活動しています。

 大本では、芸術活動を盛んに行っていますが、なぜですか?

私たちが神さまと通じるその窓口は、3つあります。1つは、善や愛という方面から神さまに通じる道、これは宗教や道徳であり、第二は科学的な真理や道理によって神さまに通じる道、つまり学問です。第三は、美によって神さまに通じる道、芸術です。これらの3つは、いずれも私たちを神さまのもとに導く門戸です。中でも美は、老若男女を問わず本能的に理解し欲求し、また体得しやすい共通の道です。

大本では、大本楽天社を中心に芸術活動をすすめています。「芸術は宗教の母なり」との聖師の教えによるものです。大自然の運行、造化のはたらきこそ神さまの大芸術活動であり、自然の大芸術から宗教は生まれたものであり、いきいきとした美的生活を通して、人間の情操をより健全に、しかも豊かに発達させていこうとしています。

宗教(信仰)と芸術とは、ともに私たちの生活をよりよく導く車の両輪のようなもので、昔から芸術を深く追求した人は宗教に進み、信仰的に深く進んだ人は芸術的なうるおいのある生活を営んでいます。こうした意味で、大本では芸術生活が人類の今後の生活に欠くことのできない大切な要素であるとして、宗教とともに普及に力を入れているのです。

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毎年春に行われているこのはなさくら観桜茶会(左)と天恩郷にあるエスペラント碑。「ひとつの神、ひとつの世界、ひとつの言葉」とエスペラント語で刻まれている(右)

 大本は、なぜエスペラントを採用しているのですか?

ポーランドの眼医者であったザメンホフ博士(1859〜1917)は、明治20年(1887)に国際共通語エスペラントを創案し、発表しました。このエスペラントは、ただ単に便利な世界の共通語であるというだけでなく、その中には人類の長い間の悲願である「お互いが心と心を開きあい、人間同士のつきあいをしたい」という望みがこめられています。

ザメンホフ博士は自分の生々しい体験を通して、言葉が違い国籍が異なるだけでお互いの人間らしさを伝えないでイガミあっている世界の実態を、国際共通語の普及によって何とか救いたいと願ったのです。エスペラントを創案した後には宗教宗派を超えた信仰(一つの神に帰一する)を人類に呼びかけました。

このように国際共通語エスペラントのもつ意義は、大本のもつ世界観に一脈通じていました。一つの神のもと、一つの世界に住む神の子としての人類が、お互いにわけへだてなく生きるよろこびをわかちあう、ということです。こうした理由で、大本では聖師が、大正12年(1923)にエスペラントを採用されたのです。

 大本では、農業問題をどのように考えていますか?

大本は、お土を大切にする教団です。

開祖は、一握りのお土の方が、金銀にまさる時代が来ると教えられ、聖師さまも若いころから農に親しまれ、指導されました。

二代教主は、その教団の伝統を受け継がれ、昭和23年、節分祭の日に、社団法人 愛善みずほ会を創立、初代総裁にお就きになり、土作りを中心にした増産運動を全国的に展開されました。

その後、近代農法(化学肥料、農薬使用による農法)が全国的に広まり、土作り、減(無)農薬によるみずほ農法の運動も少し厳しい時代を迎えましたが、出口直日三代教主は早くから近代農法を憂えられ、日本農業に良い型をと願われました。そして本会が主導開発した有機質発酵肥料を「明星」とご命名になり、この肥料が日本農業の救世主になってほしいと、普及につとめられました。また、田植え、稲刈りなど、率先してみずほ会の指導にあたられました。

出口聖子(きよこ)四代教主も、遺伝子組み換え作物(食品)が発表されると、真っ先に「子々孫々の為に許せないことです」と反対運動の先頭にお立ちになりました。遺伝子組み換え食物が会社の営利のため(遺伝子組み換え作物と除草剤がセットになっている。人間の健康よりも利益が優先)につくられた物であることを、厳しく指摘されました。

みずほ会では、安全・安心・美味しい作物作りを指導してきましたが、消費者の意識(農薬害、栄養低下作物を知る)が変わらないと、作る側も変わらない(作っても売れない)ことから、愛善みずほ農法を認証制にし、一層、安全・安心・美味しい作物づくりを指導しました。また消費者にも分かってもらうために、作る側と食べる側の一体的な研修会を開催し、良い型を出させていただきたいと、実践指導しています。

現教主も愛善みずほ会の四代総裁にご就任になると、「私も実践します」と神饌田の田植えに、ご視察に、稲刈りにお出ましになり、また寸暇を惜しんで菜園に鍬を振るわれています。

教団の食・農・環境問題は、社団法人愛善みずほ会人類愛善会直心会(婦人部)がともに連帯して担い、活動を展開しています。

 海外での大本の活動は、どうなっているのですか?

大本の海外での活動は、大正12年(1923)、聖師がエスペラントを大本に採用されるとともに、本格化しました。大正14年(1925)から10年間、ヨーロッパではパリに、アジアでは北京、満州(現中国東北部)、タイに、南米ではブラジルにと、次々に大本の海外本部がつくられました。また、主として愛善の精神にもとづき、超宗教的に人類の和合をはかることを目的として、世界に点在する清新な諸宗教や精神運動と、相互に提携をすすめていました。しかし、こうした活動は、昭和10年(1935)におこった第2次大本事件によって、一時中断してしまいました。

昭和21年(1946)に再発足した大本は、再び活発な海外活動をはじめ、ほとんど毎年、教団からの派遣者がアジア、ヨーロッパ、南北アメリカへ出かけています。ことに中南米では、ブラジルを中心に確固たる大本の組織ができあがっています。

現在、教団からは、エスペラント文と英文の機関誌が、海外100カ国余りに向けて発行されています。インターネットの大本のサイトには、日本語、エスペラント語、英語、ポルトガル語、モンゴル語、ローマ字などで最新の情報が掲載されています。

また大本海外作品展が、昭和47年の秋から50年までの4カ年にわたり、フランス、イギリス、オランダ、ベルギー、アメリカ、カナダの6カ国、13会場で開催され、30余万人の観覧者を数えました。聖師が「芸術は宗教の母なり」とご教示されているように、芸術を通して天地創造の神さまに通じる 現代の奇蹟 と高い評価を受けました。欧米の人々の心に生命の生気を吹き込み、精神文明の立直しに大きな足跡を残したと思われます。

また、この芸術展開催中に、ニューヨーク展会場の聖ヨハネ大聖堂と、サンフランシスコ展会場のグレース大寺院で、宗教宗派を越えて、大本による祭式で「世界平和祈願」の祭典が行われ、献茶、能楽、八雲琴が奉納されました。

さらに、昭和50年10月19日から24日まで、ニューヨーク市の聖ヨハネ大聖堂と国連会議場で開催された、国際連合創設30周年を記念する、TOU(理解の殿堂)主催の世界宗教精神頂上会議の期間中、世界の平和と会議の成功を祈る祭典が大本の祭式によって行われました。

さらにユダヤ教、キリスト教、イスラム、仏教、ヒンズーなどの世界宗教と密接な交流の輪を広げ、平成5年11月には、大本開教100年を記念して、綾部の長生殿で世界宗教者の祈りとフォーラムを開催し、世界の宗教者と話し合い、共に祈りました。平成14年には第2回世界宗教者の祈りとフォーラムを京都市内で開催しました。

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大本とモンゴル仏教との合同礼拝による世界平和祈願万国慰霊祭(左)、比叡山宗教サミットなどの宗教協力活動も展開している(右)

 大本の他宗教と異なる特徴は何でしょうか

大本は、他の宗教と較べて、多くの特徴をもっています。その主な点を列記すれば、

  1. 二大教祖をもっていること
  2. 教祖・歴代の教主・教主補に、神の真理をその人格の上にあらわす神人がたたれること
  3. 世界最古の神霊を奉戴して、一切を肯定し、世界の中心・最高所をこころざす団体であること
  4. 大本には、奇蹟が多く、信仰上の霊的体験が量においても質においても豊富であること
  5. 神霊界の実在、個性的霊魂の不滅などに関して大本ほど明細に説いている宗団は少ないこと

その結果として、

(ア) 大本信徒は、教義に従い、きわめて自由なほがらかさを多分に持っており、しかもよく教主を敬い秩序を重んじていること。

(イ) 大本は、救世の世界的使命と教義を明示しており、信徒はその使命を果たすために懸命に活動していること。

などをあげることができます。

 世界には、多くの宗教がありますが、大本の一番の特徴は何でしょうか?

大本より外にはないという特徴は、主神の神霊が、開教以来、末永く大本に降下され、主神の意志のままに、現界救済の仕組みが大本を基軸に展開されて、永遠につづく理想世界を大本から建設されつつあるという事実です。

開教から今日まで、大本の中には人々が驚嘆する神威、霊的現象、奇蹟などが、数えきれないほど続出していて、主神の降下をハッキリと実証しています。また、大本は主神の仕組まれた神業を遂行する世界の中心であり、「型の出る大本」「世界の鏡となる大本」として、教典の中に次のように示されています。

「世界へ善と悪とのかがみを出す大本であるぞよ。いままでは、日本だけのことでありたが、これからは、世界のかがみになる大本にいたすぞよ」

これは、大本の中におこる事柄はすべて日本、世界に拡大波及していくものであるというみ教えです。事実、今日まで、大本は数えきれないほど、その神秘的事実を積み重ねてきていて、救世教団としての権威をハッキリ示しています。このように、大本は「神々の大本」「世の大本」としての使命をもっているということが、一番の特徴といえましょう。

 もっとくわしく大本の話を聞くには、どうすればよいのですか?

大本のことをくわしくお聞きになりたい方は、大本本部のある京都府亀岡市天恩郷の大道場へお越しください。ここでは年中無休で5日間の講座が開かれており、「神と人」「霊界の真相」「世界の救済」「宇宙の原理」「現代の大本」などというテーマで、専門の講師が分かりやすく講話をしてくれます。

すがすがしく、しかも暖かい雰囲気のもとで4日間の講座をすませ、5日目には綾部の本部へお参りして講座を終わることになっています。

なお、大本では月刊機関誌「おほもと」(年間5520円〒共)を発行していますので、ご希望の方は、発行所(京都府亀岡市天恩郷)、株式会社 天声社へ購読をお申し込み下さい。

大本本部教務局編「大本問答集」から


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