亀岡天恩郷は、教祖出口王仁三郎ゆかりの地で、京都市から西方20キロメートルの亀岡市の中央部にあり、緑にかこまれた大本の聖場。綾部梅松苑が祭祀を中心とする聖場であるのに対し、亀岡天恩郷は神教宣布の聖場。そのため、大道場・宣伝部・国際部・青少年部等、大本宣教のための諸機関が設置されている。
天恩郷は戦国時代の名将明智光秀公の居城・旧亀山城址である。明治の廃藩置県後、幼少の出口王仁三郎は、よくこの城址で遊び、荒れ果てていく城跡を嘆き、いつか自らの手で再興したいという希望を胸に抱いていた。大正8年(1919)、王仁三郎は荒れ果て顧みる者もなかった城跡を買いとり、信徒と共に整備をすすめ、石垣を再築し、大本の聖場を建設した。
昭和10年(1935)第二次大本事件により官憲の手で、神殿・施設がことごとく破壊されたが、昭和20年(1945)、事件が無罪解決。再び再建に着手され、以後数多くの神殿・施設が建設され現在にいたっている。
天恩郷では、月次祭(毎月第1日曜日)や夏の瑞生大祭、その他神前結婚式や病気(悩み事)の平癒祈願をはじめ、各種祭典・研修会、年中無休の大道場講座等が開かれている。
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