「現界は苗床で、霊魂は種子である。…中略… この種子に適した場所に、適した時機に、これを蒔かなくてはならない」(「生きがいの探求」から」
私はこの数週間「生きがいの探求」を拝読して、精神的な大作だと思いました。国際的にこの本が広く読まれるようになって欲しいものです。
そのうちの一節を何度も何度も読み返し、自分の人生に当てはまる点について熟考しました。私はこれまで多くの精神的な本を読みましたが、「生きがいの探求」はその中で最も深遠な本でした。
私はこの教えが世界中に広がることを望みます。そしてニューヨークの書店でも、東京の紀伊国屋でも買えるようになって欲しいものです。また、大本の教典、教書が翻訳されることを望みます。
高校生のとき初めて神道について読んで興味を抱きました。私は2002年に上智大学に入学して、日本史の授業で初めて日本宗教について学びました。私は東京のいろんな神社にお参りし、お祭りで神輿をかついだこともあります。
その学年の終わりに京都の伏見稲荷にお参りして、神道が好きになりました。大きい鳥居や小さい鳥居、ご神木や岩の前にもあり、鳥居の中にまた鳥居があり、その数の多さに私は畏敬の念を抱きました。
神さまはあらゆる場所にいらっしゃること、何万人もが希望と夢をもって鳥居を献納されたことなどに、私は思いを馳せました。赤い鳥居が神の遍在を表しているように思いました。
アメリカに帰国してからも日本への関心は薄れませんでした。一年ほど日本宗教について本を読みました。その後は日本人の友人が数人いたのに、めったに日本語を話しませんでした。
日本文化に興味がありましたが、大学院では日本研究を続けられないので、心理学の修士課程を修了してから日本に戻りました。ニューヨークで行なっていた数々のことを諦めなければならないのですから、それには大きな決意が要りました。
私が日本に戻る決心を固めたのは、他でもない、エジプトでした。
オーブンのように熱いカイロ周辺をタクシーで何時間も走っていたときでした。交通渋滞の中で回り道をしていました。窓の外を眺めると、食べ物、衣服、言語、習慣など何一つ理解できず、不思議な思いは畏怖の念になりました。初めて日本に行ったときも同様の経験をしました。
その感覚は当惑でもあり、興奮をかき立てるものでもありました。前に世界はこういうものだと思っていたことがすべて疑問に思えて、新しい文化を真剣に調べ、考察しなければならないと思いました。タクシーの中で私は決意しました。人生を捧げて文化を研究したいと。どの文化を研究するか、長時間考えました。私はこれまで長く日本文化を研究してきましたし、日本には興味深い多くのことがあり、もっと学びたいことがありました。特に神道と仏教について。
心理学が世界平和に貢献できる方法を研究し、以前ラジオ番組で助言していた心理学者ジュディ・クリアンスキ博士の代理として、私はカイロにいました。
ジュディ博士と私は呼んでいましたが、彼女はイスラエル・パレスチナ紛争について本を書いていて、その問題には私も常々関心を持っていました。彼女の代理で心理学の会議に出席する人が必要だったのですが、間際になって彼女は私に代理を頼みました。私は一生に一度の好機だったので直ちに応じました。
このカイロへの旅で、ジュディ博士が編集する二冊の本のため、イスラエル・パレスチナ紛争について心理学の観点から二つの記事を書くことになるとは、思ってもみませんでした。後になって、大本が中東和平の最前線で尽力していることを知って驚きました。
大本を研究するこの機会と、私が中東和平に少しく関与したことは神さまのお恵みであったと存じます。幸いに大本の国際部で短期奉仕する機会を得たことにはそういう理由があったのです。
日出麿師はこうお書きになっています。
「なんとなしに、そういう気がする」というのは、霊界が感応しているのであるから、なるべくその気分にしたがって行動した方が、かならず良結果をもたらすものである。
もし私が、ビルと連絡を取って大本を訪問しなければならないという、初めの気分に従わなかったら、今日皆さんにお会いできませんでした。私はこれは霊界からの賜物だと思い、実に有難く存じます。
また、「現界は苗床で、霊魂は種子である。…この種子に適した場所に、適した時機に、これを蒔かなくてはならない。」とも、お書きになっています。
私の魂は長い間神道を求めていたのですが、大本に出会うまで、私の魂の種を蒔くのに適した場所がなかったのです。私は大本で喜んで種を蒔きました。私の大本での体験から、もっと種を蒔くことになったと存じます。この種が自分の成長に役立つだけでなく、世界平和にも、中東和平にも役立ってほしいと思います。
私が大本に導かれた状況は、合理的に説明できるものではありません。私が大本に出会ったこと、国際部の活動にたずさわることは、神さまの御心によるものだと存じます。私は心理学を学び、科学の重要性を理解し、科学的に厳格な方式こそが維持すべき標準であると固く信じていました。
同時にまた、科学や合理主義だけで説明できないことがたくさんあり、これこそ宗教が重要なところでもあります。宗教や霊界を信じることが、目に見えない世界、異次元について理解することの助けになります。
生きがいの探求には、また「肉の眼に見、肉の耳に聞こえないからといって、ただちに無であると断定するのは早急である。…聴診器にも聞こえない音がどれだけあるやらわかったものでない」と書かれています。
私の大本との出会いについては、神さまが定められた運命が関与すると思われます。そのあたりのことが、生きがいの探求には「人間の計画しているごとく、なに一つゆくものであるか否かを考えてみよ。運命というもののいかに人を支配するかを静かに省みよ」と書かれています。
大本には日本と世界に提供する物がたくさんあります。その一つに、大本の祭員奉仕という輝かしい慣例があります。祭式講習を受講すれば、だれでも祭員奉仕ができます。
家庭の中で、また教団において伝統が活き続ける上で、祭式が役立っています。親から子へと祭式が受け継がれていけば、宗教的伝統が次世代に継承されます。日本の友人の家には神棚や仏壇がありますが、軽視されているように思います。
日本の家庭から神棚や仏壇が姿を消しつつあるとも、また多くの若者たちが信仰から離れているとも聞きました。
大本信徒が祭式と教典に親しんでいることは大本信仰の未来を保証するものです。
また、私は大本の皆さんが伝統芸術を習練し、積極的に推進されていること、大本が欧米で作品展を開催されたことに感銘を受けました。大本信徒は自らの文化に深い敬意を抱くと共に、他の文化に対しても深い敬意を抱かれています。
また、他宗教に対しても敬意を抱き、万教同根のメッセージを呼びかけるだけでなく、自ら実践されています。
王仁三郎聖師が世界に対して描かれていた未来像を実現するため愛善会活動を展開されていることは、大本信仰を証するものだと存じます。国際活動、宗際活動、エスペラントなどの活動は、教団の規模を考えると、はるかに大きな意義があります。
「素顔の大本」を書いたビル・ロバーツ氏は一年半前からの大切な友人です。彼に会い、彼の本を読まなければ、私が大本に出会い大本を理解することはなかったでしょう。
彼の本を貫くテーマの一つは、比較的小教団である大本が、日本と世界に与えた衝撃の大きさに対する彼の畏敬です。大本は、神への強い信仰と積極的な態度を持つ小団体が世界平和に貢献できる、また理想世界のビジョンを実現できるという輝かしい実例です。
大本の方が皆さん懸念されているのは、教勢と将来のことです。日本宗教が困難な状況にあることは知っています。日本人の多くは新宗教に対してマイナスのイメージを持っています。そういう環境の中で教えを広めることは難しいと存じます。
私が見るところ、大本の皆さんは二つの点で挑戦されています。一つは大本のメッセージを外部に伝えること、もう一つは宗教に対する否定的なイメージを修正することです。
今日、国として社会問題を多く抱え、また個人においても不登校や、引きこもり、自殺、うつ、結婚問題など精神上の問題を抱える人がたくさんいます。問題を抱える多くの人にとって、身の上相談は大きな助力になります。そういう方々に教えを伝えて下さるよう、ぜひ大本の皆さんにがんばっていただきたいと存じます。
以上述べましたように、大本が現在尽力されていることに私は深く感銘しました。どのように人生を尊厳をもって生きるかという点で、大本がさまざまな模範を示してくださっていると存じます。私はこうしたお手本が世界に広がるよう望みます。小さな努力から世界平和が築かれることを私は固く信じています。世界を変える草の根運動に私も加わりたいと思います。大本に滞在して、これらの行動を実地に経験する価値ある機会を賜りました。すでに大本から多くのことを学びました。そしてまだ学ぶことがあります。この先も大本とのつながりを保ていきたいと思います。
(2008年3月9日)


