早瀬圭一著『大本襲撃—出口すみとその時代』
4月1日、新潮社より“文庫本”で刊行
4月1日、新潮社から二代教主と「大本事件」を主題とするノンフィクション作品「大本襲撃ー出口すみとその時代」の“文庫本”が刊行されます。
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【主な内容】
■「第二次大本事件」の内容
国家(内務省)による捜査過程、近代史上最大の宗教弾圧の様子、裁判経過など(判決文など、裁判資料も添付)
■二代教主の伝記的内容
■教主(出口紅)インタビュー
現代の「大本」諸活動の一端について
■島薗進東大教授インタビュー
外部識者から見た「大本」について
新潮社から平成23年4月1日、刊行
定価:660円(税込)
頁数:466ページ
発行:新潮社
著者:早瀬圭一(ノンフィクション作家、北陸学院大学副学長)
【著者紹介】
早瀬圭一(はやせ・けいいち)
1961年毎日新聞社入社。名古屋、大阪、東京各社会部勤務などの後、特別報道部編集委員、編集局編集委員。現在は客員編集委員。龍谷大学教授を経て東洋英和女学院大学教授。1982年『長い命のために』(新潮社)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。主な著書に『長い午後―女子刑務所の日々―』(毎日新聞社)、『鮨を極める』(講談社)、『また会う日まで』『銀座の達人たち』(ともに新潮社)がある。
「大本襲撃ー出口すみとその時代」ハードカバー単行本は平成19年5月に毎日新聞社より刊行されました。
出版当時の書評を下記に紹介します。
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書評(木村重信・大阪大学名誉教授)
■知られざる出口すみの生涯詳述
出口王仁三郎にくらべて、その妻で二代教主のすみ(すみ子、すみこ、澄子などの表記がある)のことはあまり知られていない。本書はその出口すみの生涯を第二次大本事件を中心に詳述したものである。
とにかく昭和十年の大本弾圧がすごい。王仁三郎、すみ、出口日出麿以下千人近い幹部や信者が逮捕され、すさまじい拷問が日夜行なわれ、獄死者や自殺者が相ついだ。すみは「これよりもきつき責め苦はあらじ……」「神さまをうらみし日もあり……」と歌に詠み、ポッカブリ(ゴキブリ)を友として、「三年ぶりなれなじみたるポッカブリつまはぶじなか子らはふえたか」と、獄中の孤独な心を癒やした。
それにしても、このような苛酷な取り調べにもかかわらず、転向者が少なかったのはなぜか。その理由として大本にくわしい歴史学者の上田正昭は、信仰の強さや殉教の精神だけではもたない、王仁三郎とすみの人間としてのカリスマ性が大きいという。
本書はまず第二次大本事件における「国家の影」を京都府警察部特高課長の杭迫(くいせこ)軍二の動きから探り、ついですみの生い立ちと教団の繁栄、徹底的な破壊と弾圧、法廷闘争、「すみの昇天と大本のその後」を解明する。
大本は宗教団体として初めて治安維持法を適用されたが、その理由は「国体を変革することを目的」として団体を「結社」したことで、その日は昭和3年3月3日のみろく大祭とされた。これに関して京都地裁での裁判長と王仁三郎の問答が詳細に紹介されているが、たいへん興味深い。尋問のあと、弁護士たちが裁判長室へ行くと、裁判長は「諸君、出口王仁三郎は、あれは当意即妙症だね」といって感嘆したそうである。
控訴審におけるすみの答弁も裁判長を驚かせた。「今日のすみの答弁は、あれは子供の答弁ですよ。七年間も未決に収容されていながら、なおかつあのように天真燗漫さを少しも損なわれていない答弁が出来るとは、私はもう驚きました」と。王仁三郎に通じる、すみの豪放嘉落さが伝わる話である。
王仁三郎をはじめ、大本の人たちが芸術に秀でていることはよく知られているが、こんなエピソードがある。無類の鑑識眼をもつマルチ芸術家の北大路魯山人がすみの書を初めて見て、驚きのあまり二、三メートルとびさがり、「すみことはどなたか」と、なかば放心の態で傍らの金重陶陽にたずねたとのことである。また、哲学者で美術に通じた谷川徹三もすみの書について、その美しさの正体はいいあらわしようがなく、「天の成せる業といっていいかもしれない」と述べた。
かつて私は「出口王仁三郎とその一門の作品展」(2002年)を監修した際、彼女の天衣無縫の魅力を秘めた「一つ島の一つ松」や「あけがらす」などの墨絵に感じ入った。したがって二代教主としてすみは戦後、「平和、農業、環境、芸術」の推進を大本のテーゼとしたのである。また、五代教主の出口紅も、「趣味で陶芸をなさっているのですか」との著者の問いに、「違います。歴代教主の芸術の道を継承させていただいています」と答えるのである。
ところで、オウムは自らの事件を戦前の大本事件に類比する。しかし両者は根本的に異なる。なぜなら王仁三郎は「芸術は宗教の母なり」と規定して、宗教・芸術一元論を説き、美によって神を感得する道を求めるからである。かくして彼は清浄な聖域を整えて美しい神殿を建て、自らすばらしい書画や独自の耀碗(ようわん)や膨大な和歌をつくった。
しかしオウムには聖域めいたものも神殿もそれを荘厳する芸術もなく、外も内もたいへん汚らしい。つまり宗教にとって不可欠の美的志向が全く欠落している。
なお、本書には出口紅や宗教学者の島薗進と著者との対談、大本事件に関する各種判決書などの裁判資料が付され、有用である。(敬称略)
「中外日報」平成19年7月24日号から転載
書評(仏教タイムス平成19年7月26日号から)
■最も苛烈な宗教弾圧の記録
戦前の宗教弾圧の中で最も苛烈なものだった第2次大本事件と、その時代を気丈に生きた大本二代教主出口すみに光をあてたノンフィクション。旧内務省の企図・内偵段階からの事件の詳細な記述は読み応え十分だ。
同事件が起きたのは昭和10年12月8日(第1次は大正10年)。この日以降、治安維持法違反等で出口王仁三郎聖節、二代教主ら教団幹部はじめ987人が検挙された。「検挙者に対して特高課員たちは、竹刀、焼け火箸、水責めなどあらゆる拷問の道具と手段を用い」、拷問によって出口日出麿三代教主補は精神に異常をきたし、一部幹部は自殺・衰弱死。検挙から1年間で「自殺一人、拷問のあげくの衰弱死二人、自殺未遂二人を出し」た。その詳細な記述には息を呑む思いだ。
事件の描写は、旧内務省警保局が企図し大本調査の特命を「杭迫軍二」特高課長に与え、同課長らが秘密裏に琵琶湖畔の別荘で「3百冊をこえる大本文献」を「精読」する内偵段階から警察当局の動きを丹念に描写し、両側から事件を描き出している。
当局には当時、教勢を拡大し、政治性も帯びていた大本検挙の狙いが先にあって、そのため何とかその口実を探していたことも見えてくる。治安維持法違反での立件のため教義や儀式を誤って解釈し、その解釈を強要、いわば事件をでっちあげていき、それが誤りだったことが裁判闘争で明らかにされる(昭和17年7月、控訴審で同法違反無罪の判決。同20年9月、大審院で同無罪が確定)までの過程も詳細に描き出されている。
一方、逆境の中にあってどう応じたかでその人物の真価をも本書は知らせている。無罪確定後、弁護人が国家賠償を求めることを勧めるが、聖師は「いま日本人は敗戦の苦しみから立ち直ろうと懸命に努力している。その時に私どもが国民の血と汗の結晶である税金を自分のものにもらうことはできない」と拒否。この事実は聖師の懐の深さを教えるが、一方、厳しい取り調べでも「けっして暗くならず心を開放し、全てのことを受けとめる姿勢でいる」二代教主の人柄も記録されている。
大本を知る上で島薗進東京大学教授、出口紅教主へのインタビュー、第一審から三審までの裁判の判決等も収録している。
「仏教タイムス」7月26日号から転載
書評(人類愛善新聞7月号から)
■客観的な考察が明らかにする大本事件のえん罪性と二代教主の豊かな人間像
「第2次大本事件」は、昭和10年(1935)12月8日に起こった、日本の歴史上類のない大規模な、国家権力による宗教弾圧であった。
全国で検挙された大本関係者は千人を超えた。拷問などによる過酷な取り調べは、多くの獄死者、自殺者、病死者を生み、教団施設は徹底的に破壊された。社会を震かんさせたこの出来事は、昭和史の年表に深く刻まれている。
当時、日本は天皇制下でファシズム体制を敷き、思想・言論・結社の自由は「治安維持法」などにより、厳しく制限されていた。事件前年の昭和9年7月、大本は「昭和神聖会」を立ち上げた。それは、「敬神尊皇愛国」「日本精神(人類愛善精神)の発揚」などを掲げ、政財界、軍部、知識人層ほか各界の有力者を取り込みながら、わずか1年余りで、一気に800万人もの賛同者を獲得するまでに勢力を拡大。当局からは危険視された。
結局、大正・昭和の二度にわたる"国家転覆"を嫌疑とする大本弾圧は、当の国家による裁判で無罪とされ、宗教としての正当性も立証された。事件は、大本を反体制の危険思想団体と決めつけた上での、当局によるでっち上げであった。
しかし、当時の社会に与えた影響の大きさやえん罪性の大きさに比べ、社会的にきちんとした考察が行われてこなかったのが、第2次大本事件だった。本書は、弾圧した側(国家)とされた側(大本)のいずれの側にも偏ることなく、大本事件の本質や大本関係者の優れた人間像を描いた、初めての出版物と言ってよい。
著者・早瀬圭一氏はノンフィクション作家。長く毎日新聞社会部で活躍し、82年、老人福祉をテーマにした『長い命のために』(新潮社)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。
早瀬氏の視点は客観的で冷静だ。また、70年も前の出来事を、臨場感ある描写で再現し、読者の意識を一気に当時の現場に向かわせる。
そして、過酷な大本事件を背景にしながら、出口すみこ師(大本二代教主・人類愛善会二代総裁、戸籍名は「すみ」)の温かく大きな人となり、更には現在の大本の姿をも、鮮やかに浮かび上がらせている。
早瀬氏は3年の歳月をかけ、膨大な裁判資料、大本の書籍などを調べ、多くの関係者をインタビュー。あとがきにこう述べている。
「結果的にではあるにせよ、戦争に協力しなかった宗教は大本だけである。二代教主すみの戦後の主張『平和、農業、環境、芸術』の推進を、大本はもっと主張してもいいのではないか」
昔から"歴史は繰り返す"と言う。悲惨なえん罪事件も後を絶たないし、現在の政治・社会の流れを、"戦前回帰"として捉える向きもある。日本や世界の将来を考える上にも、ぜひ読んでおきたい一冊である。



















