
先祖がたたる?
日本の各地にも大本の機関はたくさんあり、私はそういったところにも出かけてお話しさせていただくこともあります。
ある時、お話が終わったあとに、小学5年生の子から「先祖がたたるという話を聞いたことがありますが、本当ですか」という質問を受けました。それに対して、私は「先祖がたたることはありません」と、はじめに言い切りました。すると、その子は安心したのか、笑顔になっていました。

今、ここにいらっしゃる皆さんは子孫ですが、いずれ先祖になります。先祖になったとき、まず子孫と呼ぶのは誰ですか。かわいい息子さん、娘さんですね。さらにはもっとかわいい孫たちが子孫になります。そのかわいい子どもや孫にたたることがありますか? ないですね。ご自身の気持ちを考えてみたらよく分かると思います。
しかし、皆さんそれぞれにたくさんの先祖がおられます。10代さかのぼれば1000人以上、20代さかのぼれば100万人以上になります。その先祖の中には、もちろん立派な人もたくさんおれらますが、中には生きているときに悪事を重ねて、天国とは反対の世界に行っている人がいるかもしれない。
天国という所は、現界のことをすべて忘れてしまうくらい気持ちのいい所だそうですが、その反対の世界は大変苦しい所のようです。すると、やはり救われたいのですね。その時に、縁もゆかりもない人には救いを求めることはできない。やはり自分の身近な存在に救いを求めるのです。
たたる気持ちはないのですが、その世界にいる先祖に助けを求められると、その世界の影響をどうしても受けてしまう。そうすると、精神的な病になったり、病気になったりと良くない形を伴ってくるわけです。
では、先祖と自分はどういう関係なのでしょうか。現界では、親子であったり孫であったりきょうだいであったりと、その関係が分かりやすいですね。霊界ではどうかというと、たとえばおじいちゃんが亡くなったとき、そのおじいちゃんとはもう縁が切れてしまうのかというと、そうではないのです。ここに一本の棒があるとします。この棒のある地点から、現界と霊界に分かれていると考えてください。

この一本の棒は、見える世界と見えない世界に分かれてはいますが、しっかりと一本の棒としてつながっているのです。ですから、霊界でご先祖さまが良い所におられると、良い影響が現界の子孫にも伝わってくる。反対に、良くない霊界とつながっていると、どうしてもその影響を受けずにはいられないのです。
現界にいる私たちは祖先からバトンを渡され、やがて私たちも次の世代へと渡していくのです。現界で良いものを残して、死後、本来行くべき良い世界に行かないと、その影響がまた次の世代にも出てくるわけです。その意味では、私たちには非常に大きな責任があるといえます。
現界に生まれてくる目的
ここからのお話は非常に大事です。それは、人は何のために生まれてくるのかということです。
私が教団の機関誌を担当させていただいているとき、その当時は出口聖子大本四代教主さまの時代でしたが、2ヶ月に1回は教主さまのところへ行ってお話を聞かせていただく機会がありました。信仰的なものも含めて、あらゆることをインタビューさせていただきましたが、あるとき四代教主さまが「あなたは話を聞くばかりで楽やけど、話をするほうは大変なんやで。今日は私が聞くから、あなた答えなさい」とおっしゃり、「人は何のために生まれてくるのですか」と質問されました。
講座などでは分かったような顔をしてお話しさせていただくのですが、教主さまを目の前にすると、何も話せません。もう笑ってごまかすしかありませんでした(笑)。

すると、すぐに教主さまがおっしゃいました。「人は修行するために生まれてくるんやで」と。
そのとき、私は「つらいな」と思いました。その瞬間「あんた、つらいと思っているやろ」と言われ、「修行といっても、つらいことばかりではないんやで。生きている間にはうれしいこともあれば苦しいこともある。今、自分で振り返ってみても、うれしかったことと、つらかったこと半々くらいかな。嬉しいことばかりが続くこともないし、苦しいことばかりが続くこともないんやで。嬉しいことがあったら次は苦しいこと。苦しいことの次は、また嬉しいこと。まあ順番やね」とおっしゃいました。
そして、「生きている間に、うれしいことや苦しいこと、いろんなことを体験させていただきながら自分自身の心をより強く、より大きく、よりきれいにさせていただいて、霊界に戻って神さまの手足となってご用をさせていただく。それが人が現界に生まれてきている目的なんや」とお話しいただきました。
そのお言葉は、『霊界物語』に書かれていることを凝縮し、要約した言葉だと言ってもよいと思います。
(明日につづきます・2月4日公開)
この講話のノーカット版動画







