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大本の芸術・トップ

このコーナーでは、大本の芸術について紹介しています。
下記メニュー、または左のインデックスより、読みたいコンテンツをお選びください。

sankaku26.png Information_clear26.png大本の芸術の概要について読む

大本の芸術・はじめに大本の芸術・はじめに

「大本の王仁三郎師、すみこ刀自、直日様と、大本一門にはずばぬけた大物がそろっている。これは君ィ、大変な出来事だよ」
上の言葉は、稀代の万能芸術家・北大路魯山人の口癖だった。
戦前、戦中、二度にわたる宗教弾圧を受け、現代の宗教・思想史に深く名が刻まれる出口王仁三郎(1871〜1948)は芸術家としても知られている。
「芸術は宗教の母なり」という独自の芸術観を主張し、その驚くべきエネル…
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欧米を駆け巡った大本の芸術作品欧米を駆け巡った大本の芸術作品

1972年(昭和47年)10月18日から、“芸術の都”フランス国パリ市・セルヌスキ美術館で「出口王仁三郎とその一門の芸術展」が開催された。
主催はパリ市、後援はフランス文化省・日本外務省。当初6週間の予定だった開催期間は、好評を博し、2カ月間に延長された。
続くマルセイユ市立考古学博物館では「天国を映し出した茶盌」と地元紙が出口王仁三郎の耀盌を紹介。また、フランスの世界的な陶芸美術誌『セーブル…
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出口なおの芸術出口なおの芸術

大本開祖。出口王仁三郎とともに大本教祖の一人。福知山(京都府)の桐村家に生まれ、嘉永6年(1853)綾部(同)の出口家の養女となる。大工の夫・政五郎の気ままな生活と病臥にもよく仕え、三男五女の母として、糸引き・紙屑買いで生計を立て、過酷な試練を生き抜く。
貧困の中にも、清く誠実に日々を送っていたが、数え年57歳(満55歳)を迎えた明治25年(1892)旧正月、2月3日の節分の夜、「艮の金神」という神…
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出口王仁三郎の芸術出口王仁三郎の芸術

出口王仁三郎は、最晩年の1年3カ月間、楽焼き造りに没頭した。その数、3,000点余に及ぶ。昭和10年(1935)におきた大本弾圧事件により、6年8カ月の未決独房生活を強いられた王仁三郎は、自由の身となった後、昭和19年(1944)の年末から制作を始めた。その時すでに73歳。独房で想念を巡らした焼き物造りに精根を傾けた。粘土をこねて形を作り、竹のささらで表面を穿ち、次から次へと彩色した。「古今独歩」の楽焼茶盌の誕生である。
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出口王仁三郎の耀盌(ようわん)出口王仁三郎の耀盌(ようわん)

この耀盌は、天国で嬉々として生活を楽しんでいる人々の感情を、赤裸々に発露している。敗戦の最中にいて、悠然たる心のゆとりを持ち、平然として天国に遊びに行ける人は、日本の明るい将来の見通しを霊感によって察知した人である――磯野風船子(陶芸評論家)
出口王仁三郎による楽茶盌は第二次大本事件(1935‐1945)をはさみ、前期・後期の2期に分けられる。
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出口すみこの芸術出口すみこの芸術

昭和25年(1950)初冬、篆刻、陶芸、書などに才能を発揮し、美食家としても有名な北大路魯山人が、備前焼の金重陶陽(人間国宝)宅を訪れた。
魯山人がふと床に目をやると、そこには今まで見たこともない書が掛けられてあった。魯山人は驚き、後ずさりする。それからしばらく、穴のあくほどに見入った。
「よがかわりてんかむるいのへたなじおかく でぐちすみこ」出口すみこの…
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出口直日の芸術出口直日の芸術

茶道、短歌、書、画、能楽、日本舞踊、陶芸…。
出口直日は、多芸多才の人であった。それは、趣味としてたしなむというものではなく、多忙な日々を送りながらも真剣に打ち込むその姿は、大本の教えである「信仰 即 芸術 即 生活」の実践であった。
多くの文化人・有識者らがその芸術性、人間性に魅せられて居宅を訪れた。
陶芸の人間国宝・石黒宗麿は次のように評した。
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出口日出麿の芸術出口日出麿の芸術

出口日出麿が若き日に記した覚書からの著作『生きがいの探求』『生きがいの創造』『生きがいの確信』の3部作(講談社)、その半生が描かれた『神仙の人 出口日出麿』(同)は、多くの人々に感銘を与えた。
書家の綾村坦園は、日出麿の晩年の書について、次のように評した。
「書や画にみられる空間の見事さは、比較するものがないほどすばらしい。また、みがきあげられた墨線のうつくしさも比類がない。しかも、それが実に…
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出口聖子の芸術出口聖子の芸術

花明山植物園(京都府 亀岡天恩郷=大本聖地の一つ)は、万葉植物をはじめとする草花を、自然に近い状態で保護している。出口聖子は、その花明山植物園長を長年務めた。
「花明山その」というペンネームで書かれたエッセイ集『草木によせて』は、植物を愛する温かな眼差しと、そのユーモラスな文体で多くの読者に親しまれている。
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出口紅の芸術出口紅の芸術

日本の伝統文化や芸術活動をとおして人間性を高めていくという大本の教えは、その時々の教御祖(歴代の教主・教主補)の実践によって多くの信徒に浸透していった。
その伝統を受け継ぎ、出口紅は、大本発祥の地・綾部梅松苑に「みろく村」を開村し、機織り、陶芸、農作業などにいそしんでいる。
神殿に掲げられる「みろく神旗」や御簾などの布地に使用する糸を神苑の草…
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sankaku26.png Book26.png大本の芸術に関する読み物

京都新聞連載「『大本』と芸術」京都新聞連載「『大本』と芸術」

洋の東西を問わず、宗教からは多くの芸術が生まれてきた。
絵画、彫刻、音楽、建築ー。宗教を母体として創造された作品は数知れない。
亀岡、綾部両市を拠点とする宗教法人「大本」も教祖・出口王仁三郎をはじめ、歴代教主が陶芸、書画、織物などで多彩な作品を生み出してきた。
芸術文化活動は大本の根幹の一つでもある。
2012年の開教120年に合わせ、大本ゆかりの作品を紹介する。
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出口王仁三郎聖師の耀盌出口王仁三郎聖師の耀盌

出口王仁三郎聖師が残した
未来への耀き
天国の風景がひろがる
耀盌とは…


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sankaku26.pngMovie26.png大本の芸術に関する動画

動画「耀盌〜王仁三郎の楽焼き〜」動画「耀盌〜王仁三郎の楽焼き〜」

出口王仁三郎聖師が残した
未来への耀き
天国の風景がひろがる
耀盌とは…


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愛善歌の視聴愛善歌の視聴

愛善歌は、昭和23年に、大本の教祖・出口王仁三郎の作った歌を歌詞と­して、当時同志社大学付属中学校の音楽講師であった野村芳雄先生が作曲したことに始ま­り­、その後現代にいたるまで、多くの曲が野村先生によって生み出されています。
歌詞は神さまのみ徳をたたえるもの、人生の生き方を示されたものなどで、聴くだけで心­が清められ、正しく立派に生きる力が湧き上がってくる歌です。
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sankaku26.pngミュージアムアイコン26.png 大本の芸術作品の展示

伊都能売観音像公開ギャラリーおほもと・大本作品展示室

出口王仁三郎の耀碗をはじめ、大本の歴代教主の作品を展示
京都府亀岡市にある、大本の聖地・天恩郷(大本本部・亀岡宣教センター)に建つ、みろく会館2階に「ギャラリーおほもと(作品展示室)」がオープンいたしました。ギャラリーおほもとでは、出口王仁三郎の耀碗をはじめ、出口なおの御筆先、また大本の歴代教主の書・画・陶芸等の作品を展示しています。展示される作品は大祭と新年にあわせて年5回ほど入れ替わります。
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