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出口直日の芸術

悠々と遊ぶ大器

出口直日         出口直日            明治35年〜平成2年 (1902〜1990)  大本三代教主。明治35(1902)年、王仁三郎・すみこ夫妻の長女として、綾部に生まれる。昭和3(1928)年、出口日出麿と結婚。「脚下照顧」「言心行一致」を旨とした教風の確立を目指す。陶芸・書画・織物・短歌など日本伝統文化を重んじ、茶道・能楽などにも深い造詣を持つ。信仰即芸術即生活の実践を説いた。著書に『私の手帖』『こころの帖』『寸葉集』『聴雪記』、歌集『ちり塚』『雲珠桜』など。道、短歌、書、画、能楽、日本舞踊、陶芸…。

出口直日は、多芸多才の人であった。それは、趣味としてたしなむというものではなく、多忙な日々を送りながらも真剣に打ち込むその姿は、大本の教えである「信仰 即 芸術 即 生活」の実践であった。

多くの文化人・有識者らがその芸術性、人間性に魅せられて居宅を訪れた。

陶芸の人間国宝・石黒宗麿は次のように評した。

「平凡と凡庸とは隣りあわせに存在する。
しかし、平凡にして凡庸ならざるものには、言いしれぬ深さと気高さがにじみ出てくる。
その人の本質、すなわち《人柄》と《心境》の高さが、作りあげていった《モノ》こそは、突飛な技巧など足もとにもおよばないものである。
私が直日さんの陶芸作品を高く評価している所以は、この点にある。
何気なく作られた作品の中に驚くべきものを発見することがしばしばある。直日さんの人間性の高さがそこに結晶されている。われわれはそれに頭を下げる」

「始めから悠々と遊ぶ大器の人である。何でも知っていて、その片鱗もひらめかさないし、高い教養を蔵しながら、深く沈潜して発せずという人である。
愛情を込めて作られる仕事の悦びは、上手とか下手とか常識ではきめられないものである」

「一の人として稀な大容、無類の善性。直日陶芸は、清浄無垢、いささかの濁点をもちません」

黒田領治(茶陶研究家)

呉須絵 葦舟文 水指 出口直日作
呉須絵 葦舟文 水指

「この頃は、陶器の展覧会がたくさんある。が、国宝級の作家でも、ほしいと思うようなことは
  少なく、第一値段が高くて手が出せない。
  それに比べて、直日さんの作品は、うぶな美しさにあふれており、
  久しぶりに、ほん物に出合う心地がした」

白洲正子(随筆家) 

「人間性が作品に現れ、宿命的にどうにもならない天から与えられたもの、如何にさからっても
  仕様のないものがある――。
  これには深い人間性と高邁な精神と教養、それに天賦の愛情が、如何なる技術をも越えて立派な
  作品になってくるということである」

石黒宗麿(陶芸家) 

呉須絵 葦舟文 水指 出口直日作
フロリダヤマボウシ

「たとえば山村の女性の手になったような、何ともいえない滋味がある。
  それに吸い込まれそうである。
  殊に、その絵付けが面白い。着想は非凡で筆さばきは枯淡である。しかし、絵はどこまでも水々しい。
  デッサンが出来ているからだ。
  私は直日さんの水墨画集を見せてもらったことがあるが、その中に挟まれた数葉の写生画の、
  線の正確さには驚嘆した。水墨画家としても立派に一家をなす人である。
  しかも、専門画家や専門陶工と違って、どの作品を見ても香りがある。
  幽玄な鎮静だけが占めて騒ぎがない。
  この作家の精神修練の自らの所産であって、他人には真似ができない。
  もし傾倒する者があって形を真似ても香り立つまい」

松本清張(小説家)