パリ展以来、回を重ねるごとに出口王仁三郎一門の作品展を要請する声は増え続けた。

 その中にはロンドンのビクトリア・アンド・アルバート国立美術館もあった。同館は大英博物館とともにイギリスが世界に誇るミュージアム。同館で展示されることは作品への確かな評価認定となり、大本の関係者から思わず「万歳」の声があがった。

 こうしてフランス国内5カ所に続き、作品はドーバー海峡を越えイギリスへ渡った。

 主催はロンドン市。開催を前に、美術館から関係者に案内状を発送。過去の統計から開会式来場者を300人と美術館は推測。前評判の高さを考慮し念のため500人分の用意をした。ところが、ふたを開けると1500人がつめかけ、関係者を驚かせた。

 パリを皮切りとしてフランス国内各地での開催を通じてメディア、また口から口へと伝わったこと、またパリ・セルヌスキ美術館のヴァディム・エリセエフ館長の後押しも奏功していた。

 ヒュー・ウェークフィールド展覧会部長は開会式で、「私がこのロンドン展主催のイニシアチブをとり、その責任者となったのは、王仁三郎作品の不思議な魅力にとりつかれたからである。真実、私の魂は、王仁三郎作品によって深く感動させられた。これほどの感動をおぼえたことはこれまでになかった」とあいさつした。

 開会式の様子を翌日伝えた地元有力紙イブニング・スタンダードは「あの混雑のために十分に鑑賞ができなかった人たちや、入りきれなかった人たちは不平をいうかもしれないが、それは少しも大本関係者の責任ではない。むしろ騒々しくした西洋人のほうが恥ずかしい。あの芸術展に込められた鎮魂や静寂の境地をこそ学ぶべきであって、深く反省すべきである」と伝えた。

 47日間の開催期間中、約7万8千人が来場・鑑賞した。入場者の数は、フランス国内での作品展に比べ圧倒的に多かった。

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英国のビクトリア・アンド・アルバート美術館を会場に開催された出口一門の作品展。
当時、一連の作品展は日本国内のメディアでも話題にのぼった

(大本百二十年記念事業事務局主幹・田辺謙二)



当コンテンツは京都新聞で連載された
「大本」と芸術 開教120年に寄せて2012年3月8日朝刊分)からの転載です。


“欧州から米国へ 教会で世界初の神道祭典
次週6月13日〔水〕に公開します







































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講 師  田辺謙二(大本120年史編纂室長)

たなべ けんじ:昭和29年岡山県生まれtanabekenji.jpg
昭和52年(1977)、大本梅松塾卒塾
大本編集部長、大本梅松塾長、
大本特派宣伝使を経て
現在は大本120年記念事業事務局主幹