英国のビクトリア・アンド・アルバート国立美術館からオランダのロッテルダム(入場者2万5千人)、ベルギーのゲント(同9千人)と会場を移しながら、王仁三郎一門の作品展は継続された。

 ヨーロッパ8会場で約2年間に渡っての作品展を終了し、昭和50年3月、米国へ移動。ここでは有史以来初の出来事が発生した。

 医師からアーティストとなり、彫刻や絵画で多くの作品を残したフレデリック・フランク氏が作品展の企画を行った。ロンドンで作品を見て感銘を深めていた同氏は「人の運命は神秘的なもの」と感じ、開催に向けて動き始めた。

 「この作品展は普通一般の美術館でしたのでは月並みと感じ、ニューヨーク市の聖ヨハネ大聖堂との交渉を」と思いついた。

 同聖堂はイギリス国教派のアメリカにおける総本山。開催意図を聞いたJ・P・モートン聖堂長は快く了解。ヨーロッパ各地では美術館を会場として展示・紹介してきたが、米国では、関係者の意表をつく「教会」での開催が決まった。

 それまでのどの会場でもなかったセレモニーが、聖ヨハネ大聖堂では持たれることとなった。それは神道形式による「作品展開催奉告祭」である。

 中央最奥祭壇のキリスト像の前に八足(はっそく)(3段の神饌(しんせん)台)を設置。その前で神道の祭服をまとい、祭典を執行した。キリスト教会で世界最初に行われた神道祭典である。「芸術は宗教の母」「万教同根」の教えが具現した瞬間でもあった。


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ニューヨークの聖ヨハネ大聖堂で執り行われた作品展開催奉告祭


 王仁三郎をはじめとする一門の作品への評価は米国でも同様で、地元のニューヨーク・タイムズなどが取り上げた。   

 その後、作品展は米国・ブロックトン、ショトークワ、カナダ・ビクトリア、米国・サンフランシスコでも開催。パリ以来、3年3カ月の旅を終え、海外作品展は無事に完結した。世界各地のひのき舞台で出口一門の作品は高く評価された。

(大本百二十年記念事業事務局主幹・田辺謙二)



当コンテンツは京都新聞で連載された
「大本」と芸術 開教120年に寄せて2012年3月15日朝刊分)からの転載です。


“神事としての機織り 開祖の糸引きから連綿と
次週6月20日〔水〕に公開します







































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講 師  田辺謙二(大本120年史編纂室長)

たなべ けんじ:昭和29年岡山県生まれtanabekenji.jpg
昭和52年(1977)、大本梅松塾卒塾
大本編集部長、大本梅松塾長、
大本特派宣伝使を経て
現在は大本120年記念事業事務局主幹