本年2月、大本は開教120年を迎えた。歩み来し道程を振り返る時、歴代教主・信徒の尽力もさることながら、綾部の「大本協賛会」、亀岡の「出口王仁三郎翁顕彰会」など、地元市民の温かい支援・協力があっての現在の大本である。

 昨年末から年始にかけ1カ月間に渡り、亀岡で開催された「出口王仁三郎一門展」と「 企画展・亀山城と大本」。2会場には市民を中心に、延べ8792人が来場した。綾部、亀岡両聖地での本年の七草粥(がゆ)には4千人以上の市民が入席。大本は地域に支えられながら、120年からの一歩を踏み出している。


多くの善意、そして両聖地の美しい自然環境に育まれ、大本の中で独特の美・芸術は形成されてきた。

 当連載で既述したが、大本に来苑(らいえん)したフランスのマロンデ・ブザンソン国立美術館長(当時)は、大本の芸術を「たえず創造されているところに意義がある」と評した。この言葉通り、大本の芸術は、今も絶えず創造されている。

 王仁三郎、三代・直日(なおひ)が多くの焼き物を残したように、現在は五代(当代)教主・紅(くれない)の手になる陶器が数多く生みだされている。

 初窯からの作品を見てきている森孝一・日本陶磁協会主任研究員は、当代教主の作品を以下のように評す。

 「五代教主の作品を目にした時、正直驚きであり衝撃でした。それは作家、芸術家と言われる人のものとは違う。技術とか意識とかを超えた作品と言えるでしょう。純粋で高い魂が、そのまま作品に映し出され、相対すると自分の気持ちが清められます。凄(すご)いものができているというのが率直な感想です」

 耀盌(ようわん)完成から67年。美の系譜は今もしっかりと大本に息づいている。

=おわり

※歴代教主の書画、陶器は大本本部(亀岡)で常設展示されており、一般にも開放されている。


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亀岡の大本本部の作品展示室。信徒以外にも作品鑑賞のため訪ねてくる人は多い


(大本百二十年記念事業事務局主幹・田辺謙二)



当コンテンツは京都新聞で連載された
「大本」と芸術 開教120年に寄せて2012年3月29日朝刊分)からの転載です。







































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講 師  田辺謙二(大本120年史編纂室長)

たなべ けんじ:昭和29年岡山県生まれtanabekenji.jpg
昭和52年(1977)、大本梅松塾卒塾
大本編集部長、大本梅松塾長、
大本特派宣伝使を経て
現在は大本120年記念事業事務局主幹