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出口すみこの芸術

天真爛漫(てんしんらんまん)

出口すみこ       出口すみこ          明治16年〜昭和27年 (1883〜1952)   大本二代教主。明治16(1883)年、出口なお大本開祖の末女として綾部に生まれる。明治33(1900)年、王仁三郎と結婚。大本草創期から教祖なお・王仁三郎とともにその中枢で教団を支える。戦後は平和を願い、世界連邦運動にも意を注いだ。大らかで温かい人柄は「大地の母」と慕われる。書画のほか、草木染めの織物も数多く制作。著書に『おさながたり』『出口澄子歌集』『ぼっかぶりのうた』など。和25年(1950)初冬、篆刻、陶芸、書などに才能を発揮し、美食家としても有名な北大路魯山人が、備前焼の金重陶陽(人間国宝)宅を訪れた。

魯山人がふと床に目をやると、そこには今まで見たこともない書が掛けられてあった。魯山人は驚き、後ずさりする。それからしばらく、穴のあくほどに見入った。

「よがかわりてんかむるいのへたなじおかく 
                 でぐちすみこ」

出口すみこの書であった。

出口なお大本開祖の末娘で、幼少から極貧の家庭に育ったすみこは、学校に行ったこともなく、字を習ったこともなかった。しかし、その大らかな人柄そのままの字は、多くの識者に評価されはじめていた。床に掛かっていたのは、そのままの素直な歌だった。

魯山人は自身が主宰する雑誌の創刊号に次のように記している。

「備前伊部の金重陶陽君の所で、はじめて、すみこ刀自半切の歌を見ておどろいた。その字たるや魅力将軍太閤様ばりで実に天真爛漫、スケールが大きくて自由自在、こんな立派な字を書く人なら会ってみたい…」
(雑誌『独歩』)

念願かなってすみこに会った魯山人は、その人間性にも魅かれた。その後、手紙や贈り物がすみこ宛に送られた。その礼状としてすみこから届いた手紙は、魯山人の居宅の座敷にずっと掲げられていた。

「その字たるや魅力将軍太閤様ばりで実に天真爛漫、スケールが大きくて自由自在、
  こんな立派な字を書く人なら会ってみたい」

北大路魯山人(美術家)

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「無邪気な子供の書の美しさに通じながら、世の荒波にもまれてたくましく育った、
  それも男と違った多くの経験を積んだ女傑でなければ書けない、全く例のない美しさ」

谷川徹三(哲学者)

「ある人はこれを天衣無縫とでも形容するかも知れない。
  この境地こそ、坐忘という語があてはまるのではないかとおもった。
  自分を忘れ、世界を忘れ、ただ天然自然のあるがままにまかせて、
  紙の上だけに自分をはたらかされた結果の所産である」

綾村坦園(書家)