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瑞霊真如出口王仁三郎聖師が残した
伊都能売観音像
17年ぶり展示!
平成24年8月6日から公開中

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期 間 平成24(2012)年8月6日(月)から公開中
会 場 ギャラリーおほもと(京都府亀岡市天恩郷)
     LinkIcon地図を見る
入場料 無 料
主 催 大本本部

 かつて旧大本会館・作品展示室に陳列されていた大きな伊都能売観音像(いづのめかんのんぞう)がこの8月、開教120年瑞生大祭を機に特別展示されます。

 この聖観音像の成り立ちは80余年前、昭和の始めまでさかのぼります。

 昭和6(1931)年8月、出口王仁三郎聖師のご還暦を祝う「更生祭」は、綾部・亀岡の両聖地で4日間、盛大に執行されました。そのときの記念建物が作品展示場「更生館」(現在の天恩郷北東、松林あたり)。館内には聖師の画室が設けられ、お作品多数のほか、大本のみ教えや歴史、活動などの紹介パネルを展示。

 その入り口正面に、拝観者を迎えるようにお披露目されたのが、この伊都能売観音像でした。身の丈約150センチ、胴周り約140センチ、重量約110キロ。聖師さまの等身大に造られ、楽焼作品として類のない巨大なご聖像。更生館の完成に合わせて、聖師さまご指導のもと特設窯に火入れ。聖師さまご自身が絵具を塗られて出来上がりました。初めて拝観した人たちの驚きと喜びは、さぞ大きかったことでしょう。

 しかし、昭和10(1935)年12月、第二次大本事件が勃発。苑内の建物はことごとく破壊され、聖観音像も行方がわからなくなりました。

 ところが、聖師さまご昇天直後の昭和23(1948)年春、天恩郷から遠く離れた関東地方で発見されたのです。山梨県甲府市で開かれた防犯展に出品された大本事件押収品(開祖さまご聖像)を偶然、地元信徒が見つけ、その知らせがきっかけになり、首都東京の警視庁内に聖師さまの伊都能売観音像も保管されていることが判明。同年10月、天恩郷へとご帰還になりました。

 ただし、行方知れずだった10余年はご受難のときだったようです。所々が傷つき、あるいはかけ落ち、痛ましいお姿。二代教主さまはただちに故・佐々木松楽氏(二代目。聖師さま耀盌制作の奉仕者)を呼び、修復をお命じになりました。

 こうして伊都能売観音像は見事に甦り、開教60年を迎えた昭和27
(1952)年1月、瑞祥館の聖師さまのお部屋に〝ご神体〟として安置されました。

 昭和39(1964)年3月、完成した旧大本会館へご移動。ついで同57
(1982)年2月、作品展示室へと移され、半世紀ぶりに公開。多くの信徒がご神徳に浴しました。

 しかし、ご受難は続きました。平成7年(1995)1月の阪神淡路大震災により台座の一部が破損。ご本体は危うく難を免れましたが、老朽化した当時の本部施設には展示に適した場所がなく、再び〝お隠れ〟の身に。以来、大本資料館内で絹布団に大切に包まれて、時機を待たれるかのように、静かに横たわっておられました。

 そして、このたび、完成したみろく会館「ギャラリーおほもと」内に特注免震台も整い、伊都能売観音像は17年ぶりに立ちあがられることになりました。聖師さまの〝ご分身〟ともいえるご聖像を間近に仰がせていただき、ともどもに瑞霊の大きなご神徳に浴したいと存じます。

大本本部


会場までの地図

会場住所

京都府亀岡市荒塚町内丸1番地(天恩郷)
大本本部 亀岡宣教センター みろく会館2階 ギャラリーおほもと