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HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第1回・“鬼”をまつる?



「鬼はぁ〜うちぃ、福はぁ〜うちぃ」

 まだ夜も明けやらぬ午前4時すぎ、掛け声とともに、たくさんの豆がまかれていく。人いきれの中、人々は歓喜の声をあげながら、われ先にと、豆を拾っていく。

 大勢の人に交じって一人の青年・雨宮大地(あまみやだいち)も、畳にちらばった豆を拾い集め、ポケットに詰め込んだ。

 横を見ると、大地の祖父、梅木松太郎(うめきまつたろう)は、持参した大きめのビニール袋の口を広げ、飛んでくる豆を上手にキャッチしている。手慣れたものである。周囲を見回すと、皆、喜びに満ちた良い顔をしている。

 ふと、大地は今までにない晴れやかな気持ちになっている自分に気づいた。

「どうしてだろう」と思った。

 考えてみると、今この場にいること自体が不思議であった。




 前日、長野に住む大学4回生の大地は、長野駅から中央線の特急「しなの」に乗り、京都へ向かっていた。先月22歳になった大地は、本来なら就職先も決まり、信州のゲレンデで好きなスノーボードでも楽しんでいるはずであった。

 ところがこの就職氷河期である。いくつもの企業をまわって就職活動を続けたものの、採用してくれる企業はなかった。あせりといら立で気持ちもめいっていた。家族の期待もあり精神的に追い込まれていた。そんな時、「綾部へ行って来たら」と母・京子にすすめられた。

 綾部は京子の故郷であった。大地も小さい時は、両親に連れられてよく里帰りしていた。だが、高校2年以降、足が遠のいていた。

「もう5、6年は行ってないなあ。気分転換に行ってみるか」、電車に乗ったのは、2月3日の早朝であった。

 昼すぎには綾部駅に立っていた。

「大地か」歩み寄って来たのは、祖父の松太郎だった。

「お〜、よう来た、よう来た。立派になったなあ」

「おじいちゃん、お久しぶり。元気だった?」

「ああ、元気にしてたよ。さあ、まずは家(うち)に行こう」

 軽トラの荷台に荷物を積み、駅を出た。70歳を過ぎたものの、日ごろ農作業で体を鍛えている松太郎の運転は、まだまだ健在だった。大地はルームミラーにぶら下がって揺れている“祓(はら)いの証に気づき、「節分のお守りだね」と言った。

「そうだよ、今年も新しくなったんだ。今夜が節分大祭だからね。お前も人型は書いたんだろう」

「うん、家で母さんが書いてくれたから、それに息をかけ、体をなでたよ。そのあとはどうなったか知らないけど」

「お母さんがちゃんと綾部に送ってくれてるさ。お前の人型も、今夜しっかりお祓いしてもらえるんだ。荷物を置いて一服したら、さっそくお参りにでかけるからな」

「わかりました」




 午後6時すぎ、松太郎と大地は、節分大祭が行われる京都府綾部市にある大本本部の長生殿に入り、前列近くに座っていた。大地はここに来るのは、2度目であった。1度目は小学1年生の時だったので、はっきりとは覚えていなかったが、建物の大きさに驚き、檜(ひのき)の香りがしたことは、記憶にあった。

 午後7時、節分大祭が始まった。

 大勢の祭員と瀬織津姫(せおりつひめ)。潔斎の舞を舞う舞姫。太鼓のリズムに合わせて奏上する神言(かみごと)。その中で人型を壺(つぼ)につめる人型行事。その壺を和知川まで運ぶ瀬織津姫行事。人型を和知川へ流す人型流し。そしてフィナーレを飾る豆まき。

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 すべてが初めての体験だった。「神々しい雰囲気というのは、こういうことなのか」、大地はそう思った。

 母親の実家が大本信徒で、母も信徒であった。父親はあまり信仰に興味がないのか、信徒にはなっていなかった。そのため母親の実家のように神さまをおまつりしてはいなかった。母親が信仰を強要しなかったため、大地もとりたてて神さまに関心はなかった。だが今、大地の心に感じるこの感情は、自分の意志とは無関係に自然とわき上がってくるものだった。

「ここに、神さまがおられる」、そう思えた。




 松太郎とともに家に帰ったのは、夜も明けた午前6時すぎだった。辺りの景色が前日とは違い、心なしか輝いて見えた。

「不思議だなあー」と思った。

 祖母・とも のすすめで朝風呂に入り、朝食をとった。

「部屋に布団が敷いてあるから、しばらく横になりなさい」という祖母の言葉にあまえて、大地は布団に入った。心地よい疲れで、眠るまでに3分とかからなかった。

 どれくらい時間がたったのか、窓から差し込める日差しに目が開いた。さわやかな目覚めであった。カーテンを開けると、立春の太陽が中天に上がっていた。「こんな気持ちのいい寝起きは、久しぶりだなあ」、そう思いながら着替えをすませた。

 リビングに行くと、松太郎が新聞を読んでいた。

「おじいちゃん、おはよう。じゃないか、もう昼だもんね」

「ゆっくり休めたか?」

「うん、とっても気持ちよかった」

「それは何よりだったなあ」

 祖母が出してくれたお茶を飲みながら、大地は、昨夜のことを思い出していた。神さまにお参りすることが、あんなにも気持ちのよいものだったと気づいた半面、いくつもの疑問がわいていた。

「おじいちゃん、夕べの節分大祭のことで、わからないことがいくつかあるんだけど、聴いてもいい?」

「ああ、いいよ。わしに答えられることなら、何なりと言ってみるがいい」

「ありがとう」、と言いながら、ポケットから、長生殿で拾った豆を取り出した。


節分にまく生豆



「あの〜、この豆まきの豆のことなんだけど、一般では拾ったあとにすぐ食べられる豆、つまりお菓子の豆や、火を通したものを使っていると思うんだけど、大本の豆まきの豆は、生の大豆だよね。それに、掛け声も普通と違うよね」

「鬼は内、福は内、とね」

「そう、福は内はわかるけど、鬼は内なんて、どうして一般と違うの」

「そうだな。大地も大学生だから、ちょっと詳しく説明してみようかな。時間がかかるかもしれんが、いいか?」

「うん、いいよ。急いで帰ることもないし、しっかり聞かせてもらいます」

「よし、じゃあゆっくり説明しようかな」松太郎は、穏やかに話し始めた。




「そもそも豆まきは、調伏行事といわれるものなんだ」

「調伏行事?」

「チョウブクともジョウブクとも言うが、これは仏教用語で、一つには怨敵(おんてき)や魔障(ましょう)を降伏(ごうぶく)するという意味でな、まあ、悪魔退治だな。悪魔の目に向かって投げつけ、目つぶしをする、というのが豆まきなんだよ。それが日本の伝統行事となって受け継がれ、今日に伝わっているわけだ。それで、一般的には、『鬼は外、福は内』というんだ。そして、今ではその豆もすぐに食べられるように加工品を使っているんだ」

「でも、大本では反対だね」

「そう、なぜなら一般で言う『鬼は外、福は内』の鬼が、実は大本でおまつりしている神さまなんだよ」

「ええ〜、大本では鬼をまつっているの。それはマズイでしょう。でも、夕べはあんなに心地よかったのに、鬼や悪魔だとは思えないけどなあ」

「そう、大地の感性の方が正しいよ。豆まきの対象とされている鬼。その鬼こそが、実は〝まことの神さま〟だったんだ」

「まことの神さま? その神さまってどんな神さまなの? それに、どうして神さまが鬼になってしまったのかな? わからないなあ」

「まことの神さまというのは、いちばん最初の元の神さま、正真正銘本物の神さまということだ」

「つまり神さまの元祖ということ?」

「まあ、そうだな。大本では、この地球、われわれの住む大地、国を創造された神さまということで、『国祖(こくそ)』と呼んでいる神さまだ」

「どうして神さまの元祖である国祖が鬼となってしまったの? あっ、わかった、何か悪いことでもしてしまったのでしょう」

「いやそうじゃない。たとえば、よくテレビドラマでも、本当は正しいことをしている人が、悪人によって、悪者に仕立て上げられることがあるよね。そんな感じかな」

「でも最後は正義が認められて善が勝ち、悪が滅びる、なんていう日本人好みのストーリーってとこですか?」

「そうなるはずだよ」

「おもしろそうだね。ねえ、おじいちゃん、国祖の神さまはどうして鬼にさせられてしまったの?」

「その話をするには、今から56億7000万年以上前にさかのぼらなければならないんだが、つきあうかい?」

「もちろん、歴史好きの僕としては、ワクワクしてきたよ」


(つづく)

第2回「宇宙のはじまり」は
次週11月11日〔金〕に公開します

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この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長

イラスト担当:にしじまさとしのプロフィールはこちら

西島 里司(特派宣伝使)

にしじま さとし:昭和36年兵庫県生まれnishijima.jpg
平成2年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、編集部長、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課
を経て、現在、特派宣伝使。