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HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第25回・節分こぼれ話 節分のうどん店



 大地は、松太郎の所作をまねて、みろく殿正面の〝榎〟の神木にお辞儀をしてから頭を上げ、左の方に目をやった。

 朝、2人が来た時にはまだ立っていた節分大祭の〝うどん店〟の大テントは、天幕がはずされ、脚もたたまれ、みろく殿前の広場は、もとの広々とした空間にもどっていた。

 10人ほどの人が、テントの脚をトラックに積み込む作業をしている。

「あれ〜、もうテントがなくなっているね」

「毎年、立春の翌日に亀岡からも本部の職員の人たちが手伝いに来て、撤収作業をするようだなあ。手際いいもんだ」

 作業の様子を眺めながら、大地が口を開いた。

「節分の時のうどんはおいしかったなあ〜」

「そうだなあ。毎年あのうどんをいただくのが楽しみだからな」

「和知川での人型流しにお参りして、ここまで帰ってきたときには、体が冷えきってたから、あのうどんを食べて温まったよ」

「今は、本部の青年部が担当して、地方からも大勢の青年たちがお手伝いにやって来て、うどん接待をやっているんだ」

「そうそう、テントの中に入ったら、〝いらっしゃいませー〟って、元気な声が飛び交っていたよ」

 二人は話をしながら、松香館前の駐車場に向かった。


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「あの〝うどん店〟は朝までやってたの?」

「あ、いや、今はいろんな事情から1回目の瀬織津姫行事が終わってしばらくしたら店じまいしているようだなあ」

「そうなんだ?」

「でもなあ、おじいちゃんが若いころは、大祭が終わって朝までやってたんだ」

「えっ、おじいちゃんもやってたの?」

「もちろん」

 松太郎は、ちょっと得意げに言った。

「じゃあ、かなり昔から〝うどん店〟はあったんだね」

「そうだよ」

 松太郎はそう言いながら、車のドアを開けた。

「まあ、車に乗ってから話そう」

「そうだね。立ち話じゃあ寒いしね」




 2人は軽トラに乗り込み、ドアを閉めた。シートベルトを締めて、松太郎はエンジンをかけ、車を発進させた。梅松苑を出て右折し、すぐの信号を左に折れた。この通りは「大本商店街」と呼ばれ、大本を協賛する店舗が軒を連ねている。

「ここは夕べつぼをかかえた瀬織津姫さんたちと歩いた道だよね」

「そうだよ。まだ〝祝大本節分大祭〟のはり紙が貼ってあるね」

「綾部では、ありがたいことに大本協賛会というのがあってなあ、市長さんをはじめ、大本に対して市民のみなさんがいろいろと協力してくださるんだよ」

「へえ〜、それはいいねえ」

「節分の〝うどん店〟には、市民も大勢来てもらっているしなあ」

「そうそう、〝うどん店〟の話だったね。おじいちゃんも若いころに手伝っていたって言ってたよね」

 大地は思い出したように松太郎に問いかけた。

「ああ、そうだよ。昔は今よりもっと盛大にやってたんだ」

「昔って、どのくらい前から?」

「そりゃあ歴史をさかのぼったら古いぞ。そうだなあ、半世紀くらい前になるんじゃないかなあ」

「えっ、ということは50年前からということ」

「そういうことだなあ」




「大本は昭和10年に第二次大本事件というすさまじい宗教弾圧を受けたんだ。相手は当時の国家だったんだ。もちろん大本は何も悪いことはしてなかったから、今でいう冤罪(えんざい)だったわけだ」

「その話は少し聞いたことがあるけど、ひどい話だよね」

「その事件が解決して、昭和21年に、大本は新たにスタートしたんだけど、その直後の節分大祭から、うどんの振る舞いがあったそうだ。当時は地元の青年たちが担当していたんだ。その後2、3年中断することがあって、昭和40年から再開したんだよ」

「じゃあ、その時におじいちゃんもいたんだね」

「そうだよ。その前の年の確か3月末だったかなあ、地元綾部の所帯を持った若い信徒で〝あゆみ会〟というのを組織してなあ。50人くらいいたと思うが、その会で、節分の夜に〝うどん店〟をするようになったんだ」

「その頃は、朝までやってたんだね」

「当時はおじいちゃんも若かったし、もっと活気があったなあ」

 ハンドルを握ったまま、松太郎はなつかしそうにほほえんだ。

「今どれくらい作っているかしらないけど、多い時には、6000食くらい作っていたんだ。大きな鍋もなかったから、だしはドラム缶を使って、2缶も作ってたのをおぼえているよ」

「へえ〜、ドラム缶! また大胆だねえ」

 大地はびっくりした表情で言った。




「あの頃、地元のうどん屋に麺を卸している製麺所が市内に3軒あって、作った麺を片っ端から運んで来てうどんを作ってたなあ」

「すごいね」

「だから、翌日綾部市内には麺がなくて、地元のうどん屋が商売できないくらいになった、っていう笑い話もあるくらいだ」

「おもしろい!」

「朝まで〝うどん店〟を出していたのは、大祭が終わって、地方からご奉仕された祭員と瀬織津姫が、みんなあのうどんを食べるのを楽しみにしてたからなんだ。だから、祭員と瀬織津姫の分は、ちゃんと確保しといてなあ」

「そうか、当時だったら今のように交通の便が発達してなかっただろうから、地方から綾部に来られるのは一大事だったんだね」

「その通りだよ大地。夜行列車に揺られながらここまで来られる信者さんも多かったんだよ。だから、地元の若い者で、少しでもそのご苦労をねぎらわせてもらいたくて、おじいちゃんたちもがんばっていたんだ」

「良い話だね」

「なつかしい時代だよ」


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 車はJR綾部駅の前を左折し、府道8号線を北へ走っている。もう雪はほとんど残っていなかった。

「16年間くらい続けたかなあ」

 松太郎は言った。

「その〝うどん店〟を?」

 大地が聞いた。

「確か昭和57年ころからは、四国の香川主会の信者さんたちがご奉仕してたなあ」

「さぬきうどんだね」

「あの時のうどんも、おいしかったよ」

「そうだろうね。で、今は?」

「今は、本部の青年部が中心になって、地方からの青年がたくさんご奉仕に来て、がんばってくれているんだ。でもああして続いているということは、ありがたいことだよ」

「そうだね」

「大地も一度、その奉仕団に入って、お手伝いしたらいいんじゃないか。学校の友だちとはまた違った友だちもできるぞ」

「あっ、そ、そうだね。機会があったらね」

 大地はちょっと困った表情で答えた。




 車中では話がとぎれることはなかった。松太郎の家に着くと、2人は車から降り、大地が先に玄関を開けた。

「ただいま、今帰りました」

「おかえり」

 奥から祖母・ともの声がした。

(つづく)


※「みろくのよ」誌・平成24年1月号から転載

次週より第3部「感謝と祈願」を公開します。

第26回「いただきます」は
次週4月27日〔金〕に公開します

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この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長

イラスト担当:にしじまさとしのプロフィールはこちら

西島 里司(大本メディア愛善宣教課主幹)

にしじま さとし:昭和36年兵庫県生まれnishijima.jpg
平成2年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、編集部長などを経て
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課主幹