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HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第30回・よりよき道をもとめて



 特急「しなの」は、中津川、南木曽を過ぎ、木曽駒ケ岳を中心とした中央アルプスを右手に、天竜川そして中山道に沿って走る。塩尻から篠ノ井線に入り、列車が松本を出て、聖(ひじり)高原を過ぎたあたりから日が落ちかけてきた。

 しばらく走り、姨捨(おばすて)駅の手前にさしかかった。日中なら視界が開け、眼下に千曲川(ちくまがわ)が流れる善光寺平(ぜんこうじだいら)の景観が広がる。さらにスピードを落とし、景色を説明する車内アナウンスが流れる。

 姨捨駅は、標高551メートルの山の中腹に位置し、ここから見下ろす善光寺平は絶景として知られ、日本三大車窓の一つに数えられている。善光寺平はその昔、甲越両軍が12年にわたり5回繰り返したと伝えられる川中島の戦いの古戦場である。

 ただ残念ながら、もう日没が近く景色の全容は見えない。それでも家々の明かりが点在し、それはそれできれいであった。




 午後6時前、長野駅に着いた。ホームに降り立つと雪が舞っていた。

 改札を出て新幹線ホーム側にあたる東口に出た。メールで連絡しておいたので、母・京子が迎えに来ていた。

「ただいま」

 大地は後ろのドアを開けて、荷物を座席の上に置きながら言った。

「おかえり」

 京子が答えた。

 大地はすぐに後部ドアを閉め、助手席のドアを開けて乗り込み、シートベルトを締めた。京子は車を発進させ、駅前の昇降場を出た。

「おじいちゃんたちは元気だった?」

「うん、2人とも元気だったよ」

 車のワイパーが雪を払っている。

「今日は、1日降ったりやんだりの天気だったよ」

「そうなんだ」

 左右の歩道には、新雪が積もっていた。

「綾部は寒かったぁ?」

「寒かったよ。節分大祭の夜も冷えたなあ。こっちとは違った寒さのような気がしたよ」

「そうだね、綾部は湿気が多いから、寒く感じるんだよね。大地、おじいちゃんとしっかり話ができたようだね」

「というか、いろんな話を聞かせてもらっただけだよ」

「毎日飽きずにつきあったみたいだね」

「みたいだねって、おばあちゃんに聞いたの?」

「そう、電話でね。大地が熱心につきあってくれたって、感心してたよ」

「なんだ、そうか。あ、でもいろいろ勉強になったよ」

「そう、それならよかった。まあ、2、3日なら大丈夫かなあ」

「まあ、そうだね」

 2人は笑いながら話していた。




 15分ほどで自宅に着いた。

「お兄ちゃん、おかえり」

 リビングでテレビを見ていた弟の司が声をかけた。

「ただいま」

 大地はバックの中から、京都駅で買った土産を取り出し、司に渡した。

「はいこれ」

「おう、ありがとう」

「ちあきは?」

「まだ学校だと思うよ」

「そうか」

 と言うと、綾部の祖父母にお礼の電話を入れてから、2階の自分の部屋に上がった。荷物を置いて、ベッドに寝転んで背伸びをした。

「あ〜、やっぱり家は落ち着くなあ」

 久しぶりにそう思った。




 長野でオリンピックが開催されたのは、1998年だった。この20世紀最後の冬季オリンピックでは、日の丸飛行隊と言われたジャンプ陣をはじめとする日本選手代表勢が大活躍した。冬季五輪史上初の2桁となる合計10個(金5・銀1・銅4個)のメダルを獲得した。9歳だった大地も、あの当時の活気あふれる長野のにぎやかさをおぼえている。

 それから12年たった今(2010年)、スキーやスケートなどのウインタースポーツ熱は下火になっている。県内各地のスキー場も以前のような人出ではないようである。全国的に景気が低迷する中、長野も同じような状況になっていた。その影響は、今年大学を卒業する大地たちの就職活動にも暗い影を落としていた。




 綾部から帰って以降、大地は毎日のように就活に歩いた。一社、食品関係会社の内定はもらっていたものの、あまり気乗りがせず、新たな就職先を探していた。

 そんな時、長野市内のタウン情報雑誌の会社の面接を受けることになった。

 呼ばれて入った部屋には、2人の男性が待ち構えていた。指示されたように椅子に座り、面接を受けた。

「うちを受けたいと思った動機は何ですか?」

 一人の男性がたずねた。大地は、自分の思いをとつとつと話した。しゃべり終わった時、その男性は、険しい表情になった。

「君は何をあせっているんだ!」

 厳しい口調であった。卒業までに就職をとあせっていた大地の心を、すっかり見透かされての言葉だった。

「動機が不純だ、何のための仕事だ。これからの人生、君は何をしたいんだ。まったくあせることはないじゃないか。もう一度、君の目標が何なのかしっかり考えなさい。もしその目標にうちの会社がかなっているのなら、その時はまた来なさい」

 その通りであった。周囲の目を気にして、「とにかく卒業式までには就職先を決めていなくてはならない」と、その事だけが頭にあり、人生の目標などさほど考えていなかった。面接員から叱咤(しった)激励され、大地は迷っていた気持ちが吹っ切れた思いになった。正直、ありがたいと思った。




 夕方、大地は自宅に帰り、自分の部屋で面接員の言葉を思い返していた。

「神さまからいただいた言葉かも…」

 素直にそう思っていた。

 ふと、机の上に置いていた『生きがいの探求』に目がいった。手に取ると、松太郎の顔が浮かび、綾部で聞いたいろいろな話が思い出された。

「おじいちゃんの話を聞いて、この本をもらっていながら、自分の心は何にも変わっていなかったんだ。情けないなあ」

 と思いながら、無造作に開いたページの一節に目がいった。


 自分がつまらなく思えたときは、ひじょうに進歩したときだ。

 今のわれと理想のわれとは違う。今のわれは臨機応変のものであり、理想のわれは一定不変のものである。

 人はつねに理想のわれによって導かれ、今のわれによって動いているのである。両者は、ときに、矛盾(むじゅん)しているように思われることもあるがそうではない。

 理想を見つつ現実をはなれず、しかも現実を一歩ずつ向上させねばならぬ。

 永遠を仰ぎつつ現在をはなれず、しかも現在を一歩ずつ向上させねばならぬ。

 あせってはいけない。油断をしてはいけない。

 突破! 突破!

 すべてに現状を突破して、一路向上すべし。

 よりよき道が、求めさえすればいくらでもあるのに、変な横道へはいって、強(し)いて、それで満足していてはならない。

 人間は心的にも体的にも、だれたらおしまいだ。いつも緊張していなければ向上はない。


「ん〜、なるほど、その通りだなあ」

 大地は、もう一度読み返した。

「よりよき道が、求めさえすればいくらでもあるのに、変な横道へはいって、強いて、それで満足していてはならない…。今日のあの人が言ったことに通じるなあ」

 そう思った。


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 翌日、朝食の後に京子から、

「今日、時間ある?」

 と聞かれた。

 大地は、

「あるけど」

 と答えた。

「なら、ちょっと行ってくれない?」

「どこへ?」

「小布施(おぶせ)まで」

「小布施? 小布施のどこ?」

「町村さんとこまで、届けたいものがあるのよ」

「ああ。わかったよ」

「ありがとう、じゃあ、後でお願いね」

「は〜い」

 大地は、気のない返事をした。

(つづく)


※「みろくのよ」誌・平成24年6月号から転載

第31回「み手代」は
8月1日〔水〕に公開します

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この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長

イラスト担当:にしじまさとしのプロフィールはこちら

西島 里司(大本メディア愛善宣教課主幹)

にしじま さとし:昭和36年兵庫県生まれnishijima.jpg
平成2年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、編集部長などを経て
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課主幹