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HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第39回・鎮魂帰神の神術によりて



「わかりました。直日(なおひ)の御霊(みたま)ですね」

 そう言って、大地は『おほもとのりと』に目を落とし、続きの一節を読んだ。

『直日の御霊によりて正邪理非曲直(ことのよしあし)を省(かえり)み…』

 そこまで読んで、音江が言葉をはさんだ。

「さっき説明した、四つの魂(みたま)が正しく働くためには、どうしてもこの直日の御霊の働きが必要なのよ」

「じゃあ、〝四魂(しこん)の総元締(そうもとじ)め〟って感じですか?」

「まあ、そうね」

 音江は笑いながら話を続けた。

「この〝省みる〟心は、とっても大切なのよ」

「反省心ですね」

「そう、〝省みる〟心は、四魂それぞれの中にもあるんだけど、それが弱くなると、荒魂(あらみたま)は争魂(そうこん)に、和魂(にぎみたま)は悪魂(あくこん)に、幸魂(さちもたま)は逆魂(ぎゃくこん)に、そして奇魂(くしみたま)は狂魂(きょうこん)になってしまって、本来の正しい働きができなくなるのよ」

「ブレーキが効かなくて、四魂がそれぞれ本来の働きとは逆に働いてしまうということですね」

「今の世の中、世界のあちこちでたいへんな戦争や事件・事故が起こっているでしょ。その原因を突き詰めていくと、私は最終的には〝人の心〟の問題に行き着くと思っているの」

「人の心ですか?」

「一言でいうと、神さまが警告されている〝われよし〟、〝つよいものがち〟の心ね。で、それをあらためるのに一番必要なのが、〝省みる〟という、いわば究極の力なの」

「なるほど」

「〝ことのよしあし〟を省みるというので、正邪理非曲直と書いてあるでしょ」

「はい」

「私たち人類が、一日も早く、神さまからいただいているそれぞれの直日の御霊本来のささやきに目覚めて、何が正しくて何が邪(よこしま)なのか、理にかなっているのか非(あら)ざるのか、真っ直ぐなことなのか曲がったことなのか、それを省み判断して、人としての本分を尽くすことが大切なことなのよ」





「何だか話が大きくなりましたね」

「あら、ごめんなさい。そうね、世界も大切だけど、まずは自分自身が、日々の生活の中や人との関わりで、直日の御霊の働きを十分に発揮することが先決よね」

「つまりは、折に触れて反省しなさい、ってことですか?」

「反省しなさい、っていうと何だかクヨクヨしたような感じで消極的に受け取る人もいるかもしれないけど、本来は積極的に省みることが肝心で、実は省みることは、とても修練が必要なことなのよ」

「ん〜、ということは、よくよく考えて努力し、四魂の正しい力を働かせながら省みるということなんですかねぇ」

「そうよ」

 大地は思いついたように言葉を継いだ。

「じゃあ、愛と親しみを持って、智的(ちてき)に勇んで省みる、ということですね」

「あら、五情の働きを全部もりこんじゃったわね、大地君」

 ちょっと得意そうな表情になった大地を、音江は微笑ましく見つめて話を続けた。




「そのあとに、『もつて真誠(まこと)の信仰(あなない)を励み』ってあるでしょ」

 大地も『のりと』に目をやった。

「〝真誠の信仰〟ってどんなものですか?」

 大地が訊(き)いた。

「これはなかなか難しい問題ね。言葉を代えると、〝何のために信仰するのか〟ということかと思うけどね」

「では、おばあちゃんは何のために信仰しておられるんですか?」

 大地はあらためて訊いた。

「そうね。世間一般だと、まず健康やお金儲け、悩み事解決というようなご利益(りやく)のため、というのが通説かと思うけど…」

「ご利益も大切ですよね」

「もちろん、ご利益を否定するものではないわ。でも、大本のみ教えでは、ご利益そのものが信仰の第一目的ではないことは確かね」

「そうなんですか?」

「あら? 大地君は、綾部のおじいちゃんを見ていて、そう思わない?」

「あ、まあ、確かにそうですかねぇ」

「でしょ」

「ご利益は、〝まことの信仰〟の結果としていただけるものというのが正解かな。それに大本では、あまりご利益という言葉は使わないのよ」

「そうなんですか? じゃあ、何って言うんですか?」





「それはね…」

 と言いながら音江は、メモ用紙を手に取り、〝神徳〟と書いた。

「これに御をつけて御神徳(ごしんとく)と言ったり〝おかげ〟と読んだりするのよ」

「あっ、前に聞きましたね。人間の場合、人徳というように、神さまの徳ということですね」

「そうね。〝おかげ〟という言葉は一般的にも、何か良いことがあったりすると〝おかげさまで〟って言うでしょ」

「はい、言いますね」

「たとえば病気になって、雨宮先生という良いお医者さんにかかって思ったより早く全快したら、『雨宮先生のおかげで元気になりました』って感謝するでしょ」

「はい」

「それと同じように、日々生きていることは、神さまの大きな〝おかげ〟なの。もともと、〝おかげさま〟は、〝陰〟の頭に〝御〟、後ろに〝様〟をつけて、〝陰〟をていねいに言った言葉よね。古くから〝陰〟は神仏など偉大なものの〝陰〟ということで、そのお守りを受ける意味として使われていたのよ」

「なるほど、〝おかげ〟は、〝神さまのお守り〟ということなんですね」

「そうなの。こうして生かさせていただいていることそれ自体が、実は神さまの大きな陰の下にいるからなのよね」

 音江はしみじみと語りながら、ゆっくりとうなずく大地を見た。そして、気づいたように

「あら、ごめんなさい」

 と大地にお茶をすすめた。

 大地は湯呑みを手にし、お茶をすすった。

「ぬるくなったんじゃない」

「大丈夫です」

「ほら、一茶まんじゅうもつまんでよ」

「はい、ありがとうございます」

 音江もお茶を飲んだ。

「次の『のりと』もむずかしいですね」

 そう言って大地は続きを読んだ。




『言霊(ことたま)の助けによりて大神(おほかみ)の御心(みこころ)を直覚(さと)り、鎮魂帰神(みたましづめ)の神術(みわざ)によりて、村肝(むらきも)の心を練り鍛へしめたまひて』

「言霊は、最初に話したでしょ」

「はい、うかがいました」

「私たちは、何かをしようと思うと、口には出さなくても、まず心の中でそのことを思い描くでしょ。その時、すでに心の中で言葉になっていない?」

「そういえば、そうかもしれませんね」

「それを口から言葉として発すると、はじめて思いがよりはっきりしてくると思わない?」

「そうですね」

「そう考えると、私たち人間は、日頃からいかに言霊の助けにあずかっているかわかるんじゃないかしらね。それに言霊には力があるから、できるだけ良い思いを持って言霊を使えば、神さまのみ心により近づくことができると思うのね。それがここの部分の意味になるのよ」

「なるほど。で、その続きの『鎮魂帰神の神術』って、どんな術(じゅつ)なんですか?」

「術というと、何か特別な技のようだけど、そうじゃないのよ」

「そうなんですか?」




「大本では、こうして…」

 と言いながら、音江は鎮魂(ちんこん)の手を組みながら話を続けた。

「ちょっと見慣れないかもしれないけど、こんなふうに手を組んで、正座瞑目(せいざめいもく)する作法で、〝鎮魂〟というのがあるの」

「え、どうするんですか?」

「あ、こうして手の甲と甲をあわせて…」
と、音江は大地の手をとりながら、鎮魂の手の組み方、腕の構え方や瞑目の仕方を一通り教えた。大地はソファに座ったままで、音江の言う通りに、鎮魂の姿勢をまねた。


大地カット3月.psd



「まあ、こういう鎮魂というのはあるんだけど、ここでいう『鎮魂帰神の神術』というのは、一作法ではなくて、広い意味で〝神さまのみ心を自分の心とする〟というように理解した方がいいと思うの。要は、天真爛漫(てんしんらんまん)な赤ん坊のような心になることなのね」

「赤ちゃんのような心ですか?」




 音江は、半信半疑な表情をする大地を見て、目の前の湯呑みを手にとって例え話を始めた。

「大地君、この湯呑みは、本来何のために あるのかな?」

「一番の目的は、お茶を飲むためですね」

「そうね。時には水を飲んだり、お酒をついだりすることもあるかもしれないけど、本来お茶を飲むためよね。ジュースや牛乳を飲むためのものじゃないよね」

「はい」

「この湯呑みは、お茶を満たすことで本来の働きができるわけ。もし、お茶の代わりに牛乳を入れたり、お茶が入っているのに、ジュースをつぎ足したらたいへんよね」

「そうですね」

「つまり、おいしいお茶をいただくという湯呑み本来の働きを十分に発揮することが、この湯呑みの使命なの」

「はい」

「湯呑みに入れるべきまともなお茶が必要量入っていればいいんだけど、それが半分しか入ってなくて、あとの半分が泥水や不純な物が入っているとすると、清涼なお茶の味も、香りもなくなるように、私のたちの体が湯呑みで、お茶が魂だとすると、悪い霊が入り込んだ人体は、人としての味も香りも徳もないものになってしまうのよ」

「なるほど、赤ん坊のような心になるというのは、生まれたての純粋な魂に帰るということかぁ。だから、『鎮魂帰神の神術』がそういう意味なわけですね」

「村肝というのは、心にかかる枕言葉だから、赤ん坊のような純粋な心になるよう、私の心を練って鍛えさせてください、っていう祈願ということね」

「深いなあ〜」

 大地は感心するようにうなずいた。

(つづく)

※「みろくのよ」誌・平成25年3月号から転載

第40回「敬けんな姿で深い祈りを」は
5月1日〔水〕に公開します

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この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長