十曜の紋WEB用2.psd宗教法人大本headnametype.png

I トップページ I グローバル I お問合せ I
印刷用表示 |テキストサイズ 小 |中 |大 |


HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第54回・『みろく能』

まだ暗いうちに、大地は自宅から車を出した。長野自動車道から中央自動

車道に入ってしばらくすると、東の空が白み始めた。辺りが明るくなり、

朝靄の中、車窓から見える山々には、芽吹き始めた木々が各々の鮮やかな

色合いの新緑を呈している。山全体が、まるで水彩画で描かれたキャンバ

スのようだ。

「きれいよねぇ。私は今の季節の山の様子が一番好き」

 助手席に座った母・京子が言った。

「そうだね。何とも言えないね」

 ハンドルを握った大地が相槌を打った。

 去年の四月末、大地は自宅に訪ねてきた高村浩一特派から、みろく大祭

の参拝を勧められた。その時はどうしても行くことができなかったが、一

年後の今年、連休を利用して綾部に行くことを決めていた。

 大地は電車を利用して、一人で行くつもりだった。ところが、家族に綾

部行きの話をしている時、二人なら車の方が交通費も安いし便利だ、とい

うことになり、「じゃあ私も行こうかしら」と京子が言い出すと、父・剛

も「行ってきたら」と勧めた。そんなことで、京子も大地といっしょに綾

部の実家に里帰りすることになったのだった。

 渋滞を避けるために、五月三日の早朝に出発。しかし、大型連休とあって

京都に近くなったころに渋滞につかまり、綾部の梅木家に着いたのは、正午

前だった。

「ただいま」

 京子が玄関を開けて声をかけた。

「おかえり」

 中から京子の母・とも が出迎えた。

「大地、よく来たね」

「おばあちゃん、こんにちは。ご無沙汰しています」

「疲れたろう、さあ上がって」

「思ったより渋滞していてね、だいぶ時間がかかっちゃったわ」

 そう言いながら、荷物を持って居間に入った。荷物をおろすと、京子は大

を促し、ご神前の間に行き、いっしょにお参りした。

 京子にとっては、久しぶりの里帰りであった。いつもと違いちょっと嬉し

そうな雰囲気の京子を、大地は微笑ましく見ていた。

「お父さんは?」

 礼拝が終わって、京子がともに訊ねた。

「今日はみろく能だからね、今、長生殿に行ってるよ」

「あっ、そうだ、今日はみろく能の日だったんだ。今年は長生殿の能舞台で

あるのね」

「何? みろく能って」

 大地が訊いた。


「大本って、芸術活動が盛んじゃない。地方でも能楽をお稽古している信徒

も多くてね。今日は信者さんや出口家の方、それから後半は、職分といって

能楽のプロが能の舞台を勤めるのよ。おじいちゃんとおばあちゃんも、能楽

のお稽古をしていたのよね」

「へぇ〜、おばあちゃん、すごいね」

「ちょっとお稽古していた程度だけどね」

 ともが答えた。

「で、今日は何のお能があるの?」

「今日は、宝生流の〝難波〟だそうだよ」

「そうなの、めずらしい曲ね」

「そうだね。せっかくだから二人で見に行ってきたら」

「そうね、大地、行ってみようか」

「えっ、今から?」

 大地はちょっとびっくりした。

「まあ、お昼を食べて休憩してからでもいいんじゃない。お能までには少し

時間があると思うから」

「そうぉ、じゃあそうしましょうか」

 …僕は行かなくてもいいよ。

 大地はそう言おうとしたが、京子の勢いに負けて承諾してしまった。

 一服してから、京子と大地は、梅松苑に向かった。駐車場に車を止めて長

生殿に入り、神前で礼拝の後、老松殿に入った。拝殿の南側の障子やガラス

戸、舞良戸がすべてはずされ、能舞台が一望できるようになっていて、舞台

では信徒による仕舞が奉納されていた。二人は老松殿の神前に進み、小さな

声で礼拝した。


 終わって見所を見ると、舞台正面の中程に松太郎の姿があった。京子は近寄

って後から松太郎の肩をたたき、目配せで後方の空いている席に着くことを告

げた。松太郎は頷き、大地の顔を見て笑顔を返した。

「もうすぐ最後のお能ね。ラッキー」

 入口で手渡された番組を見て、京子が小さな声で言った。

「ねえ、お母さん、これって無料なの?」

 大地も小さな声で訊いた。

「そうよ、無料でね、一般の人も鑑賞できるのよ。すごいでしょ」

「僕、能を生で観るのは初めてだよ」

「そうよね。しっかり観て帰るのよ。ほら、ここに難波のあらすじが書いてあ

るから」

 京子が番組の後に書かれている「難波」の解説文を指さした。大地はそれに

目を通した。

 能「難波」は、以下のようなあらすじである。

 朝臣が熊野参詣から京の都に帰る途中、摂津・難波の里に立ち寄ると、老人

と若者が天下泰平の春を詠い、梅の木陰を、杉箒で掃き清めているのに出会う。

臣下が「梅は名木か」とそのいわれを尋ねると、老人は〝難波の梅〟と答え、

古今和歌集にも詠まれた難波津の歌、仁徳帝の慈愛、難波の都の平和と繁栄を

語る。そして老人は、仁徳帝の即位を推進し、この和歌を詠じた百済の王仁

(わに・おうにん)であると身の上を告げて消え失せる。

 春の夜、梅の神霊である木華咲耶姫と王仁が現れ、姫は梅の花を詠じて舞い、

続いて王仁が難波を祝福して舞楽を奏し、古の聖賢と万歳の御代を讃える。

 …何だかおめでたいストーリーのようだなあ。

 大地はそう思った。しばらくして、鏡の間から囃子の〝お調べ〟(音合わせ)

の音が聞こえてきて、見所が静かになった。

 能「難波」は、型どおりに進められた。約一時間四十五分、観能初体験の大

地にとっては、さすがに前半は、少し退屈気味であった。加えて早朝から車を

運転してきたこともあり、時々睡魔も襲ってきた。それでも後半は、荘重なシ

テの舞と、明るく品のある謡と囃子の調子に引き込まれるような感じであった。

 舞台が終わり、シテが橋掛かりから揚げ幕に入るころ、大きな拍手が湧いた。

大地も何かしら満足した気持ちで、しっかり手を打っていた。

 すべての演者が退場した舞台には、一陣の薫風が吹き抜けたようなさわやか

さが残っていた。

 夕食の時に、能「難波」が話題になった。

「初めてのお能は、大地にはちょっと退屈だったかもね」

京子が言った。

「いや、そんなことはなかったよ」

「あら、気持ちよさそうに船を漕いでいたようだったけど」

「あ、まぁ、確かに、時々ね」

 大地は笑いながら言った。

「おまえはどうだったんだ?」

 松太郎が京子に訊いた。

「おもしろかったわ。若い時と違って、この歳になると、何となく能の良さが

わかるようになったのかもしれないわね」

「そうか、そりゃあ良かったなあ」

「ところで、今日の難波は、大本と何か関係があるの?」

 京子が松太郎に訊ねた。

「難波のシテは百済から渡来した〝王仁博士〟で、その昔、千字文や論語をは

じめ、大陸の文化を携えて日本に渡来し、日本に外来の文化をもたらした貢献

者なんだ。仁徳天皇を推薦した人物としても有名だな。王仁博士の〝王仁〟は、

聖師さまのお名前の王仁三郎の〝王仁〟だろう。それから、難波の謡の中にも

一部出てきた〝難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花〟とい

う『古今和歌集』の歌は、王仁博士が作った歌だとも言われているんだよ」

「聞いたことある歌ね。確か、〝木の花〟というのは桜じゃなくて、梅の花の

ことじゃなかったかしら」

 京子が言った。


「そう言われているなあ。それから、ツレの天女は〝木の花咲耶姫命〟でこの

神さまは、三代教主さまのご神格なんだ。それに、日本伝来の文化の神さまとも

言われているから、登場人物からして、大本と関係深いものだと思うなあ」

「そういうことなのね」

「それから、亀岡の万祥殿能舞台の鏡松を描かれた有名な能画家の松野奏風先生

が、大本竹田別院というところの襖に、この難波の一場面を描いておられるんだ

けどね。それは、ツレの木の花咲耶姫命が舞を舞っているところを、シテの王仁

博士が眺めているところなんだよ。その絵をご覧になった三代教主さまは、ご自

身の芸術活動をお父さんである聖師さまが〝悦んで観ておられるようです〟と言

われたそうなんだ。

 三代さまは少女時代から、剣術をされたり馬に乗られたりしていたんだ。

そうかと思うと、手習いやら短歌、お茶やお仕舞などをされたり、草花に夢中に

なられたりもした。一面、たいへんなご聖苦をなさった開祖さまや二代さまに対

して、ご自身が申し訳ないような引け目を感じておられたそうだ。でも、その襖

絵の難波の一場面をご覧になって、〝私の現在の責任に対して何だかフッと気が

軽くなってきました〟ということをおっしゃったんだよ。つまり三代さまのご日

常というのが、芸術の神さまとしての大切なご用をお務めになっていたというこ

とをあらためて自覚なさったということなんだろうなあ」

 松太郎がしみじみと言った。

「その話を先に聞いてたら良かったわ。そのことを知って今日の舞台を観ていたら、

聖師さまと三代さまをイメージしながら観られたかもしれないわね」
 
京子が残念そうに言った。

「なんか深い話だね…。ところでおじいちゃん…」

 大地が松太郎に訊いた。

「聖師さまの王仁三郎という名前は、王仁博士からとってつけられた名前なの?」

「ん〜、そうではないけど、そうとも言えるかなぁ」

(続く)

next.pngnext.png

nextnext.pngnextnext.png

この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長