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HOME > 教え > 暁の大地・もくじ > 第64回・『夫婦の縁』

典礼(てんれい)を先頭に、教主さま、斎主、祭員が、奥都城(おくつき)前へ進まれる。玉砂利を踏みしめる音が耳に心地よい。正中両脇に並んだ参拝者は、軽く頭を下げ、それに倣(なら)って大地も頭を下げた。

祭典は、修祓(しゅうばつ)から始まり、斎主が「奥都城祭典祝詞」を奏上。続いて、教主さま、斎主に続いて、各代表者が玉串を捧(ささ)げた。参拝者代表の玉串捧奠(たまぐしほうてん)では、大地も心静かに礼拝。続いて、教主さまのご先達にあわせて天津祝詞を奏上した。

祭典が終わり、教主さま、斎主、祭員が退場。松太郎は、ほかの参拝者の動作に合わせて、少し正中に体を向け頭を下げた。それをまねるように、大地たちも正中に向き、頭を下げた。ただ、大地の横を教主さまが通られる時、大地は思わず頭をもたげ、教主さまのお姿を拝し、その後ろ姿を見つめてしまった。

大祭執行副委員長の挨拶(あいさつ)で、みろく大祭のすべての祭典・行事が終了した。天王平に差し込む日差しは、すっかり春の夕暮れの光に変わっていた。


松太郎が大地の方を向き、声を掛けた。

「ここが、開祖さまをはじめ、大本の歴代教主・教主補さま方の奥都城で、最初に、右手の開祖さまの奥都城が造られたんだよ」

奥都城前の案内板の前で、前方と案内板を交互に見ながら、松太郎が説明を始めた。

「ここだね」

大地が、開祖さまの奥都城を見ながら言った。

「もっとも、大正七年に開祖さまがご昇天になって最初に造られた奥都城は、大本事件で壊されてしまったんだがなあ」

「えっ、お墓まで壊したの。ひどいことするなあ」

「まったくその通りだなあ。だから、この開祖さまの奥都城は、事件後に再建されたものなんだよ」

「そうなんだね」

大地が頷(うなず)きながら言った。

「その左隣が、昭和二十三年に造られた聖師さまの奥都城。そしてその間の少し後ろにあるのが、二代教主さまの奥都城で、ちょうど扇の要(かなめ)のような位置に造られたんだ。二代さまの現界でのご用が〝要のご用〟と言われるけど、奥都城の位置も、二人の教祖さまの間にあって、まさに要の位置にくるように配置されたんだな」

「なるほど、そういうことか」

「そして、その右後ろが三代教主さま、左後ろが尊師さまの奥都城になるんだよ。それから、尊師さまの奥都城の後方にある桜は、コノハナザクラで、亀岡・天恩郷にあったものをここへ移植されたんだ」

「えっ、あの桜がコノハナザクラなの? 知らなかったわ」

京子が驚いたように言った。

「あらそう? あの桜は、天恩郷の朝陽舘前の斜面に植わっていたのを、四代教主さまが、コノハナザクラと気づかれたものなのよ」

ともが京子に向かって言った。

「そうだったの。それじゃあとても貴重な桜よね。花が咲いたときに見に来たいなあ」

京子がうれしそうに言った。

「で、その四代教主さまの奥都城が、あの左の少し離れたところにある奥都城なんだね」

大地が案内板の図から目線を左手に動かしながら言った。

「そういうことだなあ」

松太郎が頷いた。

「じゃあ、戻ろうかね」

そう言って、松太郎は奥都城に向かって深々と頭を下げた。

「はい」

大地たち三人も松太郎に倣ってお辞儀をし、天王平入り口に向かった。


車道では、参拝者がシャトルバスを待って列を作っていた。

「まだ、大勢並んでるね」

大地が言った。

「わしらは地元で家が近いから、最後のバスでもかまわんし、ゆっくり待たせてもらおう」

「そうだね」

大地たち四人は、最後の便で梅松苑に戻った。その後駐車場まで歩き、午後五時過ぎに梅木家へ帰ってきた。


「はい、ご苦労さんでした」

リビングに座りながら、松太郎が大地と京子に向かって言った。

「おじいちゃん、今日はありがとうございました。いい一日でした」

大地が松太郎に御礼を言った。

「いろいろ勉強できたね、大地」

「そうだね、お母さんもね!」

大地が笑いながら言った。

「はいそうです、ありがとうございました」

京子がそう言うと、梅木家のリビングに笑い声が広がった。

「お茶でも入れましょうか?」

ともが言うと、京子も一緒に立ち上がって、台所へ向かった。


しばらくして、玄関のチャイムが鳴った。

「こんにちは、本宮(もとみや)です」

玄関の方から声がした。

「は~い」

京子が玄関に向かった。

「そうだった、本宮さんが来てくれるんだったなあ」

「あれ、おじいちゃん忘れてたの?」

「いや、そんなことないけど」

松太郎は笑いながら、大地の言葉を否定するように言った。

程なく、京子が本宮敏夫を案内してリビングに入ってきた。

「梅木さん、大地君、おじゃまします」

「お~、本宮さん、よく寄ってくれたね」

松太郎が立ち上がって応え、大地も笑顔で会釈した。

「本宮さん、お引き留めしてすみませんでしたね」

ともが台所から出てきて挨拶した。

「いえ、せっかくいただいた機会ですから、せめてご挨拶だけでもと思いまして…」

「まあ、そうおっしゃらずに、ゆっくりしていってください」

京子が言った。

「そうそう、夕食でも一緒に食べてね」

松太郎があらためて誘った。

「いえ、それは…」

「今すぐ準備しますから、ちょっと待っていてくださいよ」

ともがすすめた。

「では、お言葉に甘えて…。梅木さん、お参りさせていただいていいですか?」

そう言って、本宮はご神前で礼拝し、再びリビングに戻ってきた。


松太郎と本宮は旧交を温めるように、話に花を咲かせた。ともと京子は台所で夕食を準備し、出来たものからテーブルに運んだ。本宮は大阪から車で来ていたため、アルコール抜きでの食事となったが、おいしい料理に舌鼓を打ちながら、話が弾んだ。そばで大地も楽しそうに二人の会話を聞いていた。

「大地、本宮さんご夫妻のなれそめの話がおもしろいんだぞ」

「えっ、そうなんですか? 聞かせてください」

「いや~、ちょっとめずらしいってだけだよ」

「聞きたいなあ~」

「じゃあ…」

そう言って本宮は、自らの体験談を語り始めた。


本宮が二十七歳の時、母親が末期の膵臓(すいぞう)ガンになった。本宮は母親に告知せず、病院で看病していた。

そんなある日、母親が突然言い出した。

「敏夫、嫁さんをもらってくれないか。私はもう先は長くないから、生きている間に嫁さんをもらってほしいんだ」

本宮は驚いたが、うすうす自らの寿命を感じていた母親がかわいそうに思えた。

「そんな弱気になったらいかん。それに、まだ結婚しようという気もないし、嫁さんにしたい女性もいないから…」

そう答えた。

母親の願いを断るには、本宮なりの理由があった。


話は三年前にさかのぼる。本宮には婚約を交わそうと決意した女性がいた。しかし、母親が大反対をして、その結婚話が流れてしまったことがあった。反対された時、その理由を尋ねたが、母親は「とにかく認めない」の一点張りだった。

この結婚話は、本宮の周囲ではすでに周知の事実だったが、母親の耳に入れるのが遅くなってしまっていた。本宮は最初、そのことに不満を持った母親が、意地で反対しているのだと思った。だから、時間をかけて説得すれば、そのうち認めてくれるだろうと高をくくっていた。しかし、一カ月たっても、二カ月たっても、母親の反対の意思が変わることはなかった。

本宮が、なぜそこまで反対するのか理由を尋ねても、「理由はない。とにかく私は認めない」と言うだけだった。
度重なる説得も功を奏さず、母親は最後に、思いも寄らないことを言い出した。

「その娘(こ)と結婚するなら、私を殺してから結婚してくれ」

そこまでの意思の強さに、本宮も母親を説き伏せる言葉をなくしてしまった。本宮はついに、涙を飲んで婚約を諦めてしまったのだった。

相手の女性はもちろん、その両親、友人や周囲の者からも責められ、本宮は針のむしろに座る思いであった。

そんなことがあり、本宮は「もう絶対に結婚はしない」と心に誓い、母親に反発していた。

それなのに今になっての母の「嫁さんをもらってくれ」という身勝手な話は、本宮にとって受け入れ難いことだった。

しかし、母親の願いには、本人も気づいていない不思議な理由があったのだ。

(続く)

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この連載は、大本の教えをドラマ風に書き下ろしたもので、
登場人物は実在の人物ではありません。













































































▼次回更新予定

脚本担当:成尾 陽のプロフィールはこちら

成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長