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日本人は古来から、〝はらい〟や〝きよめ〟ということを
大切にしてきた民族です。
特に、目に見える〝きよめ〟以上に、その奥にある
目に見えない〝はらい〟や〝きよめ〟を重視してきました。
しかし、物質的に恵まれた現在、
多くの日本人がそれをおろそかにし
生活の中で忘れかけているのではないでしょうか。
迷走する現代こそ、〝はらい〟の心を
取りもどす時かもしれません。 

講師:成尾 陽のプロフィールはこちら

講 師  成尾 陽(大本メディア愛善宣教課長)

なるお あきら:昭和34年熊本県生まれ成尾総務2.jpg
昭和55年、大本梅松塾を経て大本本部に奉職
特派宣伝使、大本青年部長などを歴任
ITVA-日本(国際企業映像協会)関西支部長
亀岡市立つつじヶ丘小学校PTA会長など(平成16年度)もつとめる。
現在、大本愛善宣教部メディア愛善宣教課長

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No_01.pngミシュランガイドの波紋



はじめに


 今日の講題は、「日本人と“はらい”〜目に見えないものを大切に生きる」としました。

 大本では、もうすぐ年間の祭典、おまつりの中で一番大きくて大切な「大本節分大祭(おおもとせつぶんたいさい)」を2月3日に控えております。

 この節分大祭では、「人型大祓(ひとがたおおはらい)」というのがありまして、今、この人型のお祓いを皆様におすすめしております。

 今日は、この人型のお祓いを受けまして、“はらい”をテーマにしてみました。古から、大切にされてきた目に見えない「祓い・清め」と日本人とのかかわりを、お伝え出来ればと思っております。

日本人とはらい.001.png

さすが日本人


 私は、本来、日本人というのは世界の民族の中でも、非常に精神性の高い民族であると思っています。いろんな場面で、そのことを感じることがあります。過去にいくつか「あ~日本人は素晴らしいな」と思ったことがあります。

 この写真は、阪神・淡路大震災の時の炊き出しの時の様子を写したものです。ご承知のように、あの震災の後には、ライフラインの復旧に時間がかかり、多くの方が避難所で過ごされ、各所で炊き出しが行なわれました。私たちも大本本部として現地に入り、炊き出しのボランティアをさせていただきました。

 あの時、さすが日本人だなあ、と思ったことが2つありました。

 一つがこの写真の様子です。

日本人とはらい.003.png


 被災された皆さま方は、きちんと並んで順番を待って炊き出しを受けておられました。当たり前のようなことなんですが、いざ、世界に目を向けたときにはそうでない場面があります。物資を被災地に届けた場合に、われ先にとそれを取りに行く人たちの映像がテレビから流れていることがあります。

 略奪も多いですね。倒壊したお店から、物や金品を盗んでくる。しかもそれが、さも当たり前のように堂々とやっている。そういったことが、よく映像で流れることがあると思うんです。しかし、阪神・淡路大震災の時にはそうしたことはなかったと思います。阪神・淡路大震災における日本人の行動については、多くの海外メディアが取り上げ、「都市機能が完全に停滞するほどの大災害であったにもかかわらず、治安の乱れが全くと言っていいほど発生しなかった。日本人のモラルの高さを改めて知らされた」などの報道がなされました。

 それから、もう一つの話題は新聞記事にありました。

 復旧が進み、コンビニなどの営業が再開されると、震災以前はレジでお金を払っても何も言わない若者が多かったのですが、震災後は、お金を払い品物を受け取るときに「ありがとう」とお礼をいう若者が増えてきたという新聞記事でした。つまり、今まで当たり前だと思っていたものが、実はとてもありがたいことだと、自然に思えるようになったからこそ、「ありがとう」という言葉を言えるようになったんですね。これが、日本人の本来の姿なのだと、うれしくなりました。

日本人の精神性を探るための3つのキーワード


 日本人の精神性の高さは、いろいろな方面から確認することが出来ますが、今日は、3つのキーワードから、それが〝はらい〟とどうつながるのか、お話させていただきたいと思います。

 その3つのキーワードは、「日本人の食事」、「いただきます」、「もったいない」です。

ミシュランガイドの波紋


 実は、日本人というのは、古来から、食事を大切にし、料理を大切にしてきた民族なんです。

 そして日本の料理そのものの中に、長い伝統が培われてきました。

 それが最近世界から認められるようにもなってきたんですね。

 この本は、皆さんご存知の「ミシュランガイド」です。

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「ミシュラン」というのは、世界で初めてラジアルタイヤを製品化したフランスのタイヤメーカーです。その会社が出版しているのが、「ミシュランガイド」です。

「ミシュランガイド」は、世界の各都市で、匿名の調査員が決められた評価方法で、ホテルやレストランなどを評価して、“三つ星など星の数で格付けをして、それを書籍で発表するもので、1900年から出版されていますので、すでに100年以上の歴史と権威のあるガイドブックです。

 日本では、2008年から発売されました。それが、「ミシュランガイド東京」です。この本が発売されると、世界的に大きな話題を呼び起こしました。

 特に欧州では大きな波紋をよびました。なぜなら、2008年版で、星つきの店の数は、東京が150軒で、パリ版が74軒と2倍以上あったんです。ミシュランガイドは、すべての格付けの基準は同一というのが建前ですから、東京がいきなりパリを抜いて、世界一位の美食都市となったのです。そのことに世界は驚きました。

 しかしその半面、日本ではそれほど大きな話題にならず、どことなく冷めた空気もあったんです。そのことをニューヨークタイムズが報道しています。「ミシュランは、星を与えたが、東京は軽く鼻であしらった」と。

 さらに2010年版では、東京の三ツ星が11軒となり、同年のパリの10軒を上回った。これで完璧に東京が世界一というお墨付きをとったわけです。これは、パリジャンにとっては一大事なんですね。レストラン経営者にとって、星がつくかどうか、また、いくつつくかというのは、まさに死活問題につながるわけなんです。

 日本の料亭には、「一元さんお断り」のところも多いです。ミシュランも調査出来ない有名店もまだあるようですから、本当の星の数はもっとふえるのでしょうね。東京でも京都でも、日本の料理というのは長い伝統の中で培われ発展・進化し、究められてきたのです。では、なぜ日本人は料理を究めることが出来たのでしょうか。

日本民族の伝統・食事


 世界に誇れるそういう食文化というのが、どこから始まったのかというと、一説には、縄文時代からすでに始まったというふうに言われております。

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 日本は古来から、農耕社会です。弥生時代に朝鮮から農耕文化が入ってきて農耕社会となって、そこから、自然発生的に神道というのが生まれます。

 なぜ農耕社会から神道が生まれたかというと、神道において「神」というのは、主に「大自然」のことであったからです。農耕を行うためには大地や日光、水など大自然の恵が必要です。そして大自然の恵によって毎日の糧を得ることが出来るわけですから、当時の日本人はごく自然に大自然に対して感謝する風習がありました。そのような風習の中からおのずと生まれた信仰が神道なのです。

神道について


 大本も、宗教の区分からいいますと、神道に入ります。その神道の中でも、大本は「教派神道(きょうはしんとう)」というグループに入ります。

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 日本という国は、古来から神道の国でした。神国日本だったわけです。6世紀の中頃に、仏教が伝来してからは、仏教が盛んになり、今日まで来ています。

 大本は来年、開教120年を迎えます。教団としての歴史は短いのですが、おまつりしている神様は、この地球、さらには、大宇宙を創造された根元の神様をお祀りしています。別の表現で言いますと、いちばん古い神様、あるいは、神様の「元祖の元祖」ということが出来るかと思います。そして、教え、「宗教用語」で言うと「教義」と言いますが、その教義も確立されています。

 一方、神道には、もともと教義というのはありません。もちろん、おまつり、祭儀や伝統というものは連綿としてあるわけです。そして、神道には、長年培われてきた日本の伝統的価値観があります。

 日本民族が古来から信仰してきたその神道の伝統的価値観によれば、木一本一本、草一本、そして大地、山や海、風や雨にまで神霊が宿ると考えられてきました。そればかりか、人間が作った竃(かまど)や厠(かわや)、つまり、今でいう台所やトイレにも神霊が宿るとされました。数多くの神々がいて、その神を「八百万神(やほよろずのかみ)」と称してきました。

 日本人が物をとても大切にしてきたのは、物質としての物の価値だけではなく、物に神聖性を見出して来たからに違いないわけです。そうでなければ、箸や、布団、便所などに「お」という丁寧語をつけて呼ぶことはしないと思います。

トイレの神さま


 昨年春から「トイレの神様」という歌が流行ましたね。あの歌は、去年(平成22年)の3月頃にリリースされたのですが、全曲だと10分くらいあり、最初は歌番組では長くて取り上げられないだろうと言われていたんです。

 でも、私も4月頃にラジオで最初に聞いたときに、あ、これはいい歌だなあ、と思いすぐに私のiPodに入れましたね。この歌はきっと流行るぞと思っていましたら、夏前から一挙にブレークしました。上海万博でも、画面に出るテロップで、多くの人が涙している映像がありましたね。

 川西市に住んでいた植村花菜さんの実体験から作られた歌でしたが、あれを聞いた多くの日本人が、「トイレに神様なんかいるわけがないじゃないか」と思ったら、あの歌は決して流行ることはなかったでしょうね。でも日本人の多くが、抵抗なく受け入れ、そして応援したということは、トイレに神様がいる、厠の神様が存在するんだ、ということに抵抗を感じなかったわけですね。正月にはテレビドラマにもなりました。

 ちなみに、大本では、厠(かわや)の神様のことを「金勝要神(きんかつかねのかみ)」と言います。たしかにきれいな神様だそうです。

 トイレの神さまだけに関わらず、神さまがいつも見ておられる、ということはよく聞かされました。私の子供の頃は、祖母から「神様やご先祖さまがいつも見ておられるから、悪いことはしたらいけない」と言われてました。また、「お米を一粒でも食べ残すと目がつぶれる」と祖母や親から教えられました。

食事は神事


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 古来の神道的な精神性からいうと、日本人にとっては、食事をすること自体が神事だったんです。それは、食材はすべて神様からの賜り物で、料理はいったん神に供え、祈りを捧げてから、それをお下がりとしていただくものだったんですね。ですから、古代人は料理そのものがすでに神さまだと考えていたのです。食事をすることで、神と人が一体になるとも考えられてきたわけです。みなさん、食事をそんなふうに思って食べたことがありますか?

 お下がりをいただくことは、直会と書いて「なおらい」と読みます。直会というのは、祭典などで非常に緊張感のある中で神様にお仕えして、それから、「なおりあう」、元に戻るということ、「直り会う」というところから直会といふうになったと言われていますが、そういう直会をして神様からの恵みをみんなで分かち合うということをしてきたんですね。

 ここに神前の祭典の時の写真がありますが、八足(はっそく)にたくさんのお供え物が並べられています。これには順番が決まっており、その順番通りに並べ、しかも参拝者から見て、整然ときれいに盛りつけされています。

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「皇神(すめかみ)に捧ぐるものはことごとく神より受けし御賜(みたまもの)なり」

 という歌がありますが、すべての物は神様からいただいたものです。大根1本にしても、みかん一つにしても、人間は育てることは出来ても、何もないところからその種を作ることは出来ませんね。すべては大自然の恵み、天と土と火の恵み、つまりは神様のみ恵みにほかならないのです。

 ですから、「ありがたい」という思いを持って、出来るだけきれいに盛りつけをする。お参りしている人たちはそれを見て、「あ〜、これだけたくさんの素晴らしい食物を神さまからいただいているんだ」と、感謝の気持ちを抱き、その思いを捧げる。すると、その気持を受けられた神さまが今度は神霊の気をそのお供え物に注がれる。それをお下がりとしていただくのです。

 一方、この写真は、祖霊、ご先祖さまへのお供えです。

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一見同じですが、思いが違います。こちらは、一度肉体を持って生まれてきた人をお祀りしている。先祖ですね。だから、「あの世でお召し上がり下さい」、という気持ちでお供えするのです。神さまとご先祖さまへのお供えの気持ちはこういうふうに違うのです。

 それが証拠に、お下がりのお神酒(みき)を飲み比べるとはっきりわかります。ご先祖さまにお供えしたお酒は水っぽくなります。

 私も自宅での月次祭のあと、時々、試してみることがあります。神様とご先祖様にお供えをした同じ御神酒をお下げして、同じ器に注ぎます。うちは子どもが4人おりますので、4人並べて、飲み比べさせます。そうすると、みんなが同じ方を「こっちは水っぽい、薄い。」と言います。それは、必ず祖霊様のお下がりの方なんです。これ、本当に100%当るんです。祖霊様というのは明らかに、エキスをいただかれているんですね。

 ちょっと、祖霊様のお話になりましたけれども、日本人というのは、食事そのものが、もう、神様ごと、神事である。作った料理そのものが、実は神なんだということ。そういう感覚を持っていた民族なんだということを、まず、お伝えをさせていただきました。

(明日につづきます・4月21日公開)